夏休み明けの初登校日、息子と私は始発の電車に乗り込んだ。

 

こんなに早い時間なのに、意外と大勢の人たちがいるものだ。

まだ朝も早いので、未だにこの生活パターンに慣れていない私はとても眠い。

 

息子も眠たそうに目をこすっているが、電車が好きなので徐々にテンションが上がってきている様子だった。

車窓から見える風景を眺めていると、何だかこれまでのことが夢だったようにも思える。

 

夫が暴れて身の危険を感じて家を飛び出したこと。

 

結婚してから初めて実家以外の場所に息子と宿泊したこと。

 

家を出た日に義父に追いかけられて、必死で逃げたこと。

どこか遠く離れた私とは関係のない世界で起こったことのようにも感じられるのだが、全て現実だ。

 

そして、今も解決しなければならないことが目の前にたくさんある。


色んなことを考えていたら、まだ暗かった空が段々と明るくなってきて窓ガラス越しに日差しが差し込んできた。

 

その光がとてもまぶしくて、私は薄めになりながら隣に座る息子の顔をまじまじと見つめた。

 

この数週間でだいぶ穏やかな症状になったように思う。

 

心を許せる場所があり、存分に甘えられる人たちがいるということは、とても大事なことなのだと実感した。

途中でポツリポツリと人が乗車してきて、1時間が経過する頃にはかなりの人が乗っていた。

 

息子は段々と飽きてしまったのか、本を出して読んでみたりランドセルの中を確認したりしている。

ランドセルも自分のものは家に置いてきてしまった。

 

だから、兄弟が既に使わなくなったものを届けてくれた。

小学生がこんな時間に電車に乗っているのは珍しいので、途中で2人に声をかけられた。

「あらあら、小学生なのに電車に乗って行くの。大変ね~」

「ぼく、偉いわね。遠くまで通っているのね」

どちらも女性で、母と同じくらいの年齢のように見えた。

 

優しく声をかけられた息子は、少し照れながら笑っていた。
 

 

 

 
あまりにも長時間電車に乗って腰掛けていると、段々と腰やお尻が痛くなってくる。

 

途中で耐えられなくなって立ち上がろうとしたのだが、混雑していて立っているスペースを確保するのも大変なほどだ。

そうこうしているうちにようやく乗り換えの駅に到着して立ち上がった。

 

電車から降りて凝り固まった体を思い切り伸ばし、深呼吸をした。

乗り換えて数分ほど乗車したら到着だ。

 

窓の外は慣れ親しんだ街が広がり、帰って来たのだという気持ちももちろんあるが、それと同時に暗いイメージもつきまとう。

 

楽しいこともたくさんあったけれど、今は家を出た日のイメージが強烈に残っていて怖いという思いの方が強かった。

 
電車を降りて10分ほど歩くと、夫と待ち合わせている場所が見えてきた。

 

駅を降りた時点で(夫が待っている)と思うと非常に気が重かったのだが、近づくにつれて足は鉛のように重くなった。

 

家に居た頃の恐怖が蘇って心臓はバクバクするし、手にも汗をかいていた。

 

心の底から逃げ出したいと思っているけれど、そういうわけにはいかない。

 

今引き返したら、せっかく受け取れるはずの息子の宿題を受け取れなくなってしまう。

 

強烈な恐怖心と格闘しつつ、何とか待ち合わせの場所に向かった。

 

遠くから見ると既に夫は到着しているようで、こちらの様子をうかがっているのが分かった。

 

すぐそばには義父もいて、少し離れたところに義母も確認できた。

全員勢ぞろいか………。

会いたくない人に会わなければならないのは苦痛で、足取りだって重くなる。

 

これは『お仕事なんだ』と考えようとしたが、こんな仕事なら放棄してしまいたかった。

息子も同じ気持ちだったようで、さきほどとはうって変わってテンションが下がり、前方にいる父親から目を反らしながら歩いていた。