平日のホテル住まいは本当に疲れた。
仕事をしているとある程度は気が紛れるのだが、今の状況を職場の人たちに知られてはならないと思って気を使った。
(いつも通り)を心掛けていたので、普段と変わらぬ様子で定時に上がってホテルに向かう。
帰りには、途中のスーパーで値引きされているお弁当と飲み物を購入していた。
部屋に入ったら真っ先にシャワーを浴びて、スッキリしたところでテレビを見ながらご飯を黙々と食べる日々。
シンと静まり返った部屋で、一人で食べるご飯はちっとも美味しくなかった。
二人の時には少し奮発して美味しそうな方を買おうかなんて考えるのだが、一人だと何でも良いと感じてしまう。
食事が終わって少ししてから、息子に電話を掛けた。
コール音が鳴り始めるとすぐに息子の可愛い声が聞こえてきて、きっと待っていたのだろうなと思う。
その声を聞いているだけで、どんな表情で話しているのかが想像できてしまう。
何か一言いうたびに『うふふ』と笑い、今日あったことを嬉しそうに報告してくれた。
こんなやり取りが、その頃の私にとって何よりの楽しみだった。
電話を切らなければならない時には少し声のトーンが沈み、
「ママ、また明日ね」
と言う。
週末に帰ったばかりだと言うのに、もう寂しくなってしまった。
会いたいな。
息子に会いたいな。
そんな風に思いながら平日を過ごした。
そんな日々の中でも、夫はいつも通りのモードで自分のことばかりだった。
息子との電話を切って少し感傷に浸っていたら、いきなり電話がかかてきたので、驚いで携帯を放り投げそうになった。
どうせ良い報告など無いのだから放っておこうか。
そう思っても、後から怒り狂ったメッセージが届くのが怖くて、つい出てしまう。
私「もしもし」
夫「もしもし、今もうホテルに居るの?」
私「そうだけど、何か用事?」
できるだけ早く切り上げたくて素っ気なく返したのだが、夫はこちらの様子などお構いなしで話し始めた。
あー、今日も長くなりそうだな。
何となく話の流れから嫌な予感がしていたのだが、どうやら義弟のことらしかった。
義実家では、うつ病の義弟の面倒を見ている。
日々の食事作りや身の回りのお世話は、義母が一手に引き受けていた。
最近はあまり話題にも上らなかったので順調に回復していると思っていたが、今とてもマズイ状態だと言う。
うつ病は波があるというから、今が少し下がっている時なのだろう。
体調が底の時には身動きが取れず一日中布団の中で過ごしていて、少し動けるようになると周りに攻撃的な態度を取るらしい。
それまでは献身的にお世話をしてきた義母も、ほとほと疲れてしまっているようだった。
息の詰まるような状況の中で何も楽しみがなく、息子や私との交流を再開させて気持ちをリフレッシュしたいのだと言われた。
そう言われても、困るのだが………。
私「○○(夫)が見に行ってあげたら良いんじゃない?」
普通は離婚問題で揺れている妻にこんな話をしないと思うし、頼める筋合いではないと感じるはずだが、夫にそんな常識は通用しない。
夫からしてみたら、私たちの気持ちよりも義父母のことが心配で仕方がない様子だった。
義弟のことで非常に沈んでいて何とかしたいから協力して欲しい、と。
「でも、今の状況でいそいそと私が義実家に通うのはおかしくない?」
と言ったら、夫は
「まだ別に離婚したわけじゃないから」
と言い放った。
このままでは流されてしまうと感じて何とか電話を切ろうとしたのだが、切る直前に
「とにかく明日仕事が終わったら、うちの実家に行って」
と言われてしまい、心底ゾッとした。
これから縁を切ろうとしている人に、義実家に行けだなんて。
義母が困っていると聞いたらなんだか小さな背中を思い出して切なくなったが、行けないものは行けない。
でも、夫はすっかり私が行くと思い込んでいる。
さて、どうしようか。