ビジネスホテルで朝食は出ないので、お腹が空いた私たちは早めにチェックアウトしてモーニングメニューを提供しているお店を探した。
さすが繁華街。
いくつものお店でモーニングをやっていて、色んなものが美味しそうに見えて目移りしてしまう。
息子はカレーが良いと言ったのだが、弱った胃腸に朝からカレーは刺激が強すぎると思い、結局パンのお店に入った。
ドアを開けて中に入った瞬間、とても良い匂いが広がっていてますますお腹が減る。
(おかしいな。食欲がないと思っていたのに今なら大量に食べられそう…)
などと思っていると、息子もパンの匂いに食欲が刺激されたようで、
「ぼく、いっぱい食べても良い?」
と聞いてきた。
席に通されて腰をかけ、店内を見渡すと朝から結構な人で繁盛している。
何という贅沢な時間だろう。
結婚してから今まで、こんなにゆったりと朝食を食べたことがあっただろうか。
いや、夫と付き合い始めて一緒に暮らすようになってからは一度もなかったように思う。
たった数百円で味わえる贅沢だけど、今の私たちにとっては至福の時間だった。
パンとドリンクを選んで待っている間、気になって携帯をチェックしたのだが、早朝の電話が噓のように何の連絡もなかった。
連絡が頻繁にくるのも嫌だが、パタリと来なくなるのも非常に不気味だ。
何を考えているのか分からない時が一番怖い。
そんな私たちの様子を見て、遠くから声をかけてきた人がいた。
声の方を振り向くと、息子の同級生のお母さんだった。
最寄り駅ではないのに、こんなところで出くわすとは。
こんな偶然があるのだろうか。
その人と知り合いになってからかれこれ3~4年経っていたが、思えば学校以外で顔を合わせたことはほとんど無かった。
「あれっ?どうしたの、こんなところで」
驚いて聞いてみると、彼女は爽やかな笑顔で
「今日はちょっと実家に行くんだけど、朝ごはんを食べてから行こうと思って」
と言う。
周りに彼女の子供はいなくて一人だったので
「一人で行くの?」
と聞いたら、子供は旦那さんに預けたという。
安心して任せられるなんて、幸せな家庭なんだろうな。
ふとそんな風に思っていると、彼女が急に小声になってヒソヒソと耳打ちした。
「○○さん(我が家の苗字)のところ、大丈夫なの?お義父さんもいらっしゃってるみたいだけど」
彼女の家は目と鼻の先だが、普段は周りの家を気にする様子もなかったので自分が思っているほど周りの人は見ていないのだなと勘違いしていたが、やはり皆見てるのだなと思った。
うまく答えることができずに、
「うん。今ちょっと色々あってさ………」
と言葉を濁すと、心配そうな顔で私と息子の顔を交互に見ながら
「旦那さんが泣きながら大声で叫んでるのが聞こえてきたのよ」
と言われたのでギョッとした。