義父は息子の優しい性格をよく知っている。
人が悲しんでいたら、自分のことを犠牲にしてでも何とかしようと考えてしまう子だ。
だからなのか、同情心をあおれば上手くいくかもしれないと考えているようだった。
「お父さんはね、本当は〇〇(息子)ちゃんのことが大好きなんだ。大切だけど、時々ああいう態度をしちゃうんだよ。今独りぼっちでおうちにいるから寂しくて泣いてるかもしれないよ」
そう言われて、息子は今にも泣きだしそうな顔で義父を見た。
だけど、息子にだってこれまでされてきたことがどんなに酷いことかは分かっている。
私以上に逃げ出したいと思っていたはずだし、父親の居ない生活を誰よりも切望していたのだと思う。
だから、普段は聞かないような大きな声でああいう言葉を発したのだ。
「大切な人には、あんなことしないんだよ!!!」
私はこの言葉にはっとした。
私の方はというと、今だに夫が家族に辛くあたるようになってしまったのは病気のせいだからと思おうとしている部分もあって、本当は私たちを大切に思ってくれていると信じたい気持ちが未だに消えていないことに気づいた。
「お父さんは、僕のこともママのことも大切じゃない!」
息子はハッキリとそう言った。
夫だけが一方的に100%悪いなどと言うつもりはない。
でも、幼い子どもにこんな風に感じさせてしまうこと事体がもう既に間違いだ。
とっくに限界がきていたのだ。
気づいているくせに気づかないフリをし続けて、たくさんのことを犠牲にしてきた。
そして、一番犠牲になったのは息子の心だった。
「〇〇(私)さん、二人とも、どうか今回だけは許してもらえないだろうか」
今度は私に向かって許しを請うようにややトーンを落とした声で語りかけてきたが、息子がここまで頑張って拒絶してくれたのだから、私が折れるわけにはいかない。
並んで座っている間、何度も何度もそんなやり取りを繰り返した。
そうこうしているうちに電車は減速し始め、下車する予定だった駅に間もなく到着するというアナウンスが流れた。
私はホッとして、
(降りるよ!)
と、もう一度息子の手を強く握りしめて合図を送った。
周りの乗客たちは平静を装っているが、まだこちらの様子をうかがっているのが分かる。
今私たちはどんな風に見えているのだろうか。
少なくとも揉めていることは伝わっただろうから、車内の雰囲気を悪くしてしまったかもしれない。
アナウンスが告げられた後の二人の様子を見て、次の駅で降りようとしていることに気付いた義父は、まるで何事もなかったかのように
「さあ。次の駅で降りて反対側の電車に乗っておうちに帰ろう。おじいちゃんも一緒に行くから」
と言った。
もう私たちは何も言わなかった。
その代わりに、ドアが開いたら全力で走り出した。