玄関で息子がもたついた。

 

元々がのんびりとした子なので、焦ると余計に上手くいかない。

「早く!」

私も慌てていた。

 

背後では寝室にしていた和室で夫が暴れていて、今にも私たちの方へとやって来ようとしている。

 

それを押さえる義父も必死の形相だった。

何とか義父が押さえている間に外に出なければ、と思い息子を急かした。

 

不器用な息子は急かされれば急かされるほど上手くいかないので、

「裸足で良いから! 外に出てから履こう!」

そういって手に持たせた。

 

その間も常に背後で夫が暴れているのが見えていて、事態は一刻を争う。

 

万が一義父が力負けをしてしまったら私たちの脱出は阻止されてしまうことは明らかだった。

次の瞬間、義父の手がするりと夫から外れてしまい、物凄い勢いで玄関の方に走ってきた。

 

それと同時に息子を玄関の外に押し出すことができ、私も夫につかまれそうになりながらも上手くよけながら、間一髪で外に出ることができた。

 

出た瞬間勢い良くドアを閉めて、エレベーターと階段に目をやった。

エレベーターは一階に止まっていて待っている余裕はなさそうだ。

 

ほんの少しの時間なら義父がまだ何とか稼いでくれるはずだから階段で行った方が良いととっさに判断し、階段を駆け下りた。

背後でドアの開く音がして

「コラッ!」だか「オラッ!」だか分からないが夫が叫び声をあげている。

 

その声は建物内に響き渡り、絶対につかまってはいけないと思わせた。

階段になると小学生の息子の方が断然早かった。

 

先ほどまで急かしていた私が、今度は

「待って」

という立場になったのだが、三階から一階までなので二人ともすぐに到着して全力で走った。

これほどの速さでこんなにも長い距離を走ったのはいつぶりだろうか。

 

息は切れたが、いつ夫が追ってくるか分からないので足を止めることができない。

でも、日頃の運動不足がたたって3分ほど走ったところで息切れしてしまい、後ろを気にしながらも徐々に失速していった。

 

息子が辺りをキョロキョロと見まわしながら、

「ママ、駅の方まで行けば安心だよ。人が多いところの方が良いよ」

と言ったのだが、確かに言われてみればモラハラな夫は世間体をとても気にするので、大勢の人たちが行き交う場所では暴れないだろうと思う。

 

 



ロータリーのようになっている場所につくと、楽しそうに笑顔で会話をする人や犬の散歩をする人、学校帰りの学生たちもいた。

ここなら見つかりにくいはずだ。

 

それに、日頃から体を動かしていない夫がここまで来るのには時間がかかる。

 

少し休んでも大丈夫なはず。

私たちは木の陰に隠れるように設置されたベンチに座り、放心状態で周りを眺めていた。

ふと息子の足元に目をやると、焦っていたのかサンダルを履いていた。

「サンダル履いてきちゃったの………」

これで走るのは大変だったなーと思うのだが、こういう時に運動靴ではなくサンダルを咄嗟に選んでしまうところが息子らしいと思った。

「ボクも慌ててたからさ」

恥ずかしそうにそう言う息子を見ていたら何だかおかしくなってしまって、二人で顔を見合わせて笑った。

きっとこの時の私たちは他の皆と同じように楽しそうに見えたに違いない。

 

やっと逃げられたという気持ちと、これからどうしようという不安を抱えていたが、開放感の方が断然大きかった。

「さて、これからどうしようね」

そう言った瞬間、息子の顔が曇った。