義父と息子が帰宅した時、ちょうど夫が大声で怒鳴りながらテーブルをバンッ!と叩いたところだった。

夫のいやらしいところは、本当に怒りで叩いているというよりは、こちらを威嚇して思い通りにするために怒って見せているというところだ。

分かっていても、大きな音がすると体が飛び上がるくらいに驚いてしまうのだが。

息子は先ほどまでのテンションが嘘のように一瞬でシューっと元気が無くなって、ただただ黙って事の成り行きを見守っている。

こういう時の息子は、シックスセンスの子役の子のように囁くように話す。

 

それで状況が落ち着いた後もしばらくはその囁くような話し方が抜けず、周りにはずいぶんと大人しい子だと思われていた。

夫のあまりの剣幕に普通に対応したら落ち着かせられないと感じたのか、義父も段々と声が大きくなった。

 

しかし、夫は義父母に対してもキレまくって、私と息子のせいで親にまで責められると更に怒りを増幅させた。

もう耳を塞ぎたくなるようなカオスな状況。

なぜこんなに大きな声で非難されないとならないのか。

 

私たちは本当に何もしていないし、百歩譲って気に入らないことがあっても、それはお互い様だと家族なら許し合うべきなのではないだろうか。

今ならそんな夫を『独りよがりな人だよねー』などとちょっとだけ笑い話にもできるのだが、当時は悔しくて悲しくて涙がダーッと流れた。

そんな様子を見てもお構いなし(むしろ勝ち誇ったよう?)に、夫は最後のトドメとばかりに責め立ててきた。
 
「もう、キレるのを止めてくれないかな。止められないのなら一緒には暮らせない。」

「あなたは話し合いと言うけれど、いつだってまともに話を聞いてくれたことなんて無かったじゃない」
 
前に夫が怒鳴り散らし、ふり絞るように勇気を出して言ってみた時には、

「言いたいことがあれば、遠慮なく言えば良い」

と言われた。

 

そうできないように仕向けているのは自分なのに。
 

いつもと違って義父母にも言われてしまったこの日は、既に夫のテンションはマックスで何を言っても大声で反論されてしまう状態。

 

まともな話し合いなどできない。

いつもなら、ここで諦めていた。

 

けど、今日は心強い味方がいるのだから、もう少し粘りたい。

 

諦めたらここで終わりだ、と思いながら必死になって夫を説得した。

ここで話が平行線をたどって何の結論も出なかったら、火に油を注いだまま日常生活に戻ることはできないだろうから、きっと更に苛め抜かれることだろう。

 

つまり、今でさえ耐えられないのに今までよりも更に地獄のような生活が待っているということだ。

そんな生活の中で息子や私の安全は保障される?

 
「実家に帰って欲しい」

何度ものどの奥まで出かかって飲み込んでいた言葉が、驚くほどスムーズに出た。

やっと言えた。

ホッとしながら夫の顔を見ると、怒りでワナワナと震えているのが分かった。

(危ない!)

瞬間的にそう感じるのと同時に、勢い良くガラスのコップが私の左耳をかすめて飛んで行った。

 

そして、後ろの壁に当たって物凄い音を立てて砕け散った。
 
「何するの!危ないでしょ!」

この時、息子は危険を察知して隣の部屋に居たのでガラスのコップが飛んでいく所を見ていない。

夫はしれっとした様子で

「当たるように投げてねーし」

と言った。

 

 

 


義母はその様子を見ても、感覚がマヒしているのかおっとりとした調子で

「乱暴はだめよ。ちゃんと話し合わなきゃ」

と言っていたが、正直なところそんな風に言ったってこの状況になったらまったく効き目がない。
 
暴れ出しそうな気配もあり、なかなか話も進まずに焦りを感じている中、義父から驚くような言葉が飛び出した。

(先ほどから時計を気にしているな)とは思っていたが、この状況の中でまさかそんな発言をするとは夢にも思わなかった。

「こんな時間だし、我々もそろそろ・・・な」

???

一瞬頭の中が真っ白になって、それからひどく慌てた。

(ちょっと待って---------! 帰るってこと?!)

(こんな修羅場の状態で見捨てて帰らないで--------!)

慌てる私の様子に全く気付くこともなく、こうも言った。

「あとは夫婦二人の問題だから」

 
………。

 

………………。



………………………!!!!!!!!!!

(違うでしょー!(怒))
 
今思い出してもこの時の怒りと焦りは言葉にできない。

 

このまま置いて行かれる恐怖。

 

絶望。

 

この後何が起こるのか、もう想像もつかない。

その様子に義母はただオロオロしていて、息子は遠くで固まっていた。