ユリとフジサワ先輩の関係は、数か月が経っても一向に進展しなかった。

 

 何度も四人でご飯を食べに行ったが、食事後は引き止められることもなく解散となる。

 

 あまりにも手ごたえがないことにユリも悩み始めたが、男と女の関係は一筋縄ではいかないもの。

 

 焦ったところで良い結果を生むはずもない。

 

 そう諭すのだが、夢中になっているユリの心には届かない。

 

 「うかうかしてたら誰かに取られちゃう」

 

 ユリはいつも恋愛に引っ張られてしまうタイプなので、この時も日常生活に何か影響がでるのではないかと心配したが、案の定仕事にも影響し始めて集中できなくなっているようだった。

 

 仕事も時々休み、彼が出張でいない時などは明らかに上の空でぼんやりと天井を眺めている。

 

 日常のバランスまで欠くようになってしまったユリが心配で仕方が無かった。

 

 同期の男の子と飲みに行った時に相談してみたが、社会人経験や人生経験の少ない者同士が無い知恵を絞っても良い案と言えるものが全く浮かんでこない。

 

 そもそもこの同期たちは、人は良いのだが恋愛経験がないのでアドバイスを求めるのにも無理がある。

 

 私も偉そうに言える立場にはなく、人に何かを伝えられるほどの経験はしてこなかった。

 

 このままでは仕事も恋も上手くいかないのではないか。

 

 そんな心配な気持ちで作業をこなしていた時、モトハシから声をかけられた。

 

 

 

 

 

 モトハシもユリの異変に気づいていた。

 

まあ、誰から見ても分かるくらいの態度だったということだが、そもそもモトハシが恋愛に関して意見を述べてくるということ自体が意外だった。

 

 恋愛に敏感な男性という感じではなく、どちらかというと一歩引いたところから見ていて興味を示さないタイプのように見えた。

 

 だから、人の恋愛にも興味を示すことなく、同期と後輩の間で多少厄介な問題になっていそうでもスルーするのだと思い込んでいた。

 

 「それで、彼女はどうしたいの?」

 

 突然このような質問をされるとは思っていなかった私は少しだけ驚いて、

 

 「そりゃーやっぱり付き合いたいと思ってるんじゃないですかね」

 

とあいまいに答えた。

 

 「やっぱりそうか。でもさ、あいつ好きな人居るよ?」

 

 言われたことの意味をすぐには理解できず、何度も頭の中で反芻する。好きな人が居る?


 

 こんなにも驚いたのは、前の週に例のごとく四人でご飯を食べに行った時にフジサワ先輩が

 

 「付き合っている人も好きな人も居ない」

 

と断言していたからだ。

 

 しかも、もう少しで付き合うかもしれないというような雰囲気まで匂わせていたのだ。

 

 それを聞いたら、私でさえもうすぐユリの思いが成就するのではないかと思ってしまった。

 

 誠実そうな人だと思っていたのに、ここまで堂々と嘘をつける人だったのか。

 

 それも、明らかに自分を好きでいてくれる後輩に対して。

 

 思わせぶりな、そしてあまりにも不誠実な言動に怒りを覚え、ユリにはきっぱりと諦めさせようと決意していたら、思いがけない言葉がモトハシの口から発せられた。

 

 「フジサワは同期でもあり友達だから悪く言いたくないけど、今回の件はフォローできないよ。お詫びといってはなんだけど、僕もユリちゃんが早く諦められるように協力するよ」

 

 思いがけない申し出に私の心はジーンと温かくなっていた。

 

 同じ年代の男性でもこうも違うとは。

 

 しかも、第一印象では少し冷たいと思っていたモトハシの方がこんなに優しい言葉を発する人だったとは。

 

 先輩として教育をしている時には、鬼のような顔で指導をしていることもあるのだけれど。

 

 免疫の少ない私は、このギャップにすでにやられていたのかもしれない。

 

 

 結局このことがきっかけになり、モトハシへの見方が大きく変わった。

 

 良い人から気になる人へ、そして付き合いたいと思うようになるまでに時間はかからなかった。

 

 

 その後は四人で食事に行くことは無くなったのだが、その代わりにモトハシと私は二人で食事に行くようになり、休日にも出かけるようになっていった。

 

 まだ失恋の傷から回復しきらないユリには内緒にしつつ、こっそりと時間を合わせて退社する。

 

 後ろめたい気持ちはあったものの、それでも

 

 「この人のことをもっと知りたい」

 

という気持ちが抑えられなかった。

 

 そして入社二年目には一人暮らしの部屋を行き来するような間柄になる。