人間の記憶とは
ほんとに不思議で
身勝手で
おもしろくできてるものです。
例えば
夏のじんわり暑い日でも
なんかすーっと吹いてくる風に
昼寝をしたちっちゃい頃を思い出したり、
アメリカにはいない
ひぐらしの鳴き声を聞けば
北のほーから流れてくる風を思ったり、
アメリカにはいないから
ひぐらし鳴けば秋としか分からない。
先日、日本のTVで聴いて懐かしく心躍りました。
例えば
わたしが秋を完全にみとめるのは
あのハロウィーンの季節で
急に北風が吹きそうな
夕刻どきを目の前に見せつけられるとき。
そのときには
すでに
木々のはっぱはすっかり落ちはじめていて
ホントは冬もそこかしこに
見え隠れしてる
そんな季節だったりするけど・・・
夕方にはどっぷり日が暮れるのもその時季。
その頃の風に
なぜか秋を感じる。
ハロウィーンのかぼちゃの色と
ハーベスト収穫期のオレンジ色は
わたしの中での秋の色。
秋は夏の終わりよりも
冬が追いかけてきてる
あの緊迫したそんな夕方の風が
わたしに季節の変わり目を知らしめます。
ビルの中に囲まれて毎日過ごしてると
山からおろしてくる風を感じるわけもなく
冬はいつも突然やってくるから
ここワシントンでは
ポトマック河の水面が
ちょっぴり跳ね上がりだすと
秋が冬に負けそー
とつい、思ってしまう。。

それでも
昼間など
ほんのり暖かい日差しの日には
やっぱりやんわりした風も吹いてて
仕事の合間に立ち寄ったスタバのコーヒーとかの
手のひらに伝わるあのあったかさが
身にしみるのです。
長くてグレーの冬が続いてる日のさなか
ふと春の足音も感じることあったりして、
人間の感覚とは
あきれるくらいに不確かで
だけど敏感なものだと思うことあります。
真冬のことです。
でも
峠を過ぎた真冬の後ろでは
確かに春がその出番を待っていて
たまにほんやり見える太陽のまわりを
まとってくる風に驚くことがある。
あれは一体なんなんだろう。
寒い冬の朝に
ちょっとだけ開けた窓から流れてくる外の風
あれがわたしが聴いてた春の音だったと思う。
ワシントンの夏はいつも突然で
いったい、
いつが夏で
いつまでが春なのか
まったく分からない年さえあります。
そんなときでも
やっぱり夕方になると
さらりとした空気に
一瞬しめりを感じたり
確かに夏はいじわるにその時を待っているのです。
真夏のプールサイドは
風があまりないけど
プールで遊ぶちっちゃい子たちの声を聞きながら
昼寝をするのがこれまた楽しいひとときで、、
自分は遊び疲れてて
その言葉と歓声を聴きながら
居眠りしてると
いつの間にか
夢の中でまた泳いでたりして
2重3重に楽しんだ子どもの頃の夏が
そこにはあります。

今のわたしの生活には
プールサイドで子供の叫び声を聴きながら
昼寝。などと悠長なことはできないけど
一つ一つの瞬間には
必ず風と空気と匂いと音と
なつかしく
幾重にも重なっているのです。
キャンプで行った
流れのほとんどない川で
ぷかぷか浮かびながら
水の音を聴いて
そこで昼寝をするのもまた
わたしの懐かしい夏だったりします。
そして
暑い夏でも
やっぱりそこにはやさしい風が
なぜかいつもありました。

ワシントン
今日は午後から雨になると言ってたのに
雲がやってきたり行ったり
風が押し寄せて
オフィスの窓から映るみどりのはっぱが
さっきから揺れているのが見える。
降るのか
降らないのか
はっきりしてくれ~~
いや、、
どうやら降らなさそうな気配。。
今日から8月だーーー!

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身勝手で
おもしろくできてるものです。
例えば
夏のじんわり暑い日でも
なんかすーっと吹いてくる風に
昼寝をしたちっちゃい頃を思い出したり、
アメリカにはいない
ひぐらしの鳴き声を聞けば
北のほーから流れてくる風を思ったり、
アメリカにはいないから
ひぐらし鳴けば秋としか分からない。
先日、日本のTVで聴いて懐かしく心躍りました。
例えば
わたしが秋を完全にみとめるのは
あのハロウィーンの季節で
急に北風が吹きそうな
夕刻どきを目の前に見せつけられるとき。
そのときには
すでに
木々のはっぱはすっかり落ちはじめていて
ホントは冬もそこかしこに
見え隠れしてる
そんな季節だったりするけど・・・
夕方にはどっぷり日が暮れるのもその時季。
その頃の風に
なぜか秋を感じる。
ハロウィーンのかぼちゃの色と
ハーベスト収穫期のオレンジ色は
わたしの中での秋の色。
秋は夏の終わりよりも
冬が追いかけてきてる
あの緊迫したそんな夕方の風が
わたしに季節の変わり目を知らしめます。
ビルの中に囲まれて毎日過ごしてると
山からおろしてくる風を感じるわけもなく
冬はいつも突然やってくるから
ここワシントンでは
ポトマック河の水面が
ちょっぴり跳ね上がりだすと
秋が冬に負けそー
とつい、思ってしまう。。

それでも
昼間など
ほんのり暖かい日差しの日には
やっぱりやんわりした風も吹いてて
仕事の合間に立ち寄ったスタバのコーヒーとかの
手のひらに伝わるあのあったかさが
身にしみるのです。
長くてグレーの冬が続いてる日のさなか
ふと春の足音も感じることあったりして、
人間の感覚とは
あきれるくらいに不確かで
だけど敏感なものだと思うことあります。
真冬のことです。
でも
峠を過ぎた真冬の後ろでは
確かに春がその出番を待っていて
たまにほんやり見える太陽のまわりを
まとってくる風に驚くことがある。
あれは一体なんなんだろう。
寒い冬の朝に
ちょっとだけ開けた窓から流れてくる外の風
あれがわたしが聴いてた春の音だったと思う。
ワシントンの夏はいつも突然で
いったい、
いつが夏で
いつまでが春なのか
まったく分からない年さえあります。
そんなときでも
やっぱり夕方になると
さらりとした空気に
一瞬しめりを感じたり
確かに夏はいじわるにその時を待っているのです。
真夏のプールサイドは
風があまりないけど
プールで遊ぶちっちゃい子たちの声を聞きながら
昼寝をするのがこれまた楽しいひとときで、、
自分は遊び疲れてて
その言葉と歓声を聴きながら
居眠りしてると
いつの間にか
夢の中でまた泳いでたりして
2重3重に楽しんだ子どもの頃の夏が
そこにはあります。

今のわたしの生活には
プールサイドで子供の叫び声を聴きながら
昼寝。などと悠長なことはできないけど
一つ一つの瞬間には
必ず風と空気と匂いと音と
なつかしく
幾重にも重なっているのです。
キャンプで行った
流れのほとんどない川で
ぷかぷか浮かびながら
水の音を聴いて
そこで昼寝をするのもまた
わたしの懐かしい夏だったりします。
そして
暑い夏でも
やっぱりそこにはやさしい風が
なぜかいつもありました。

ワシントン
今日は午後から雨になると言ってたのに
雲がやってきたり行ったり
風が押し寄せて
オフィスの窓から映るみどりのはっぱが
さっきから揺れているのが見える。
降るのか
降らないのか
はっきりしてくれ~~
いや、、
どうやら降らなさそうな気配。。
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