弱者であれ | 語り屋のGOING MY WAY

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~人生楽ありゃ苦もあるさ~

サッカー少年団の元・素人指導者が我が道を貫く苦悩と日常。又、裏側にある素晴らしきもの。かな(-_-;)

何のスポーツでも人を成長させると思う。

俺はズブの素人指導者(指導者でゎないのかも)だが少年サッカーを教えている。
指導者が学ぶ事を辞める時は指導者を辞める時だと、どっかでよく聞く。
自分もそのとうりだと思っている。だから、サッカーを教えるからには、日々学んだり考えたり悩んだり・・・あたり前だがしている。
ある日、何処かの指導者が選手に説明している。
ちょっと耳を傾けてみた。
ポジショニングのかけひきについてだった。
『弱者の気持ちでいなくちゃダメなんだ!・・・ 』

なーるほど!と感じた。

勿論かけひきである以上、相手が嫌な場所は何処か?
相手の考えてる事は何か?
・・・・・・・

という具合に常に相手の弱点を探そうとし狙おうとする事。
俺がこうすると相手はこうする。それに対して俺はこうする。すると相手はこうする。・・・
まるで将棋のように一手も二手も・・・・・・・・先をよんだり、、、
と、いつでも自分より上手(強者)の相手の事を、自分は弱者になって考えたり悩んだり狙ったりするという事。

そーすれば、
コートの幅をいっぱい使ってぃろいろ考え悩み狙えば、強者の相手にも必ず何処か穴があるはず。
そこを時間ある限り探して探りだそう。という事。
こんな感じだ。

そーいうフォワードになろう。と、いう事を言ってたみたいだ。

逆も同じだ。
ディフェンダーでも弱者になり、相手フォワードの気持ちや考えや狙いたい場所を気づこう。
ここに自分がポジショニングとると、相手ゎここを狙う!ここが防げてもあそこを狙われたら防げない。
じゃー、こっちにポジショニングとったらどうだ。
反対側に自分がポジショニングとると、簡単にやられてしまう。
ここならどーだ!
あそこならどーだ!

こう相手がきたらどーだ!
あー相手がきたらどーだ!
いつでも相手の事を強者に思い、自分ゎ弱者でいかなる場面にも対応できるポジショニングを見つけようとする事。
弱者でも戦う以上は、相手に対して弱味は見せず考える。悩む。これが勝負のかけひきで世界なのかも。

ここで、思った。
それって、何事でもそうじゃないかと。。。
自分が強者になったり強者の気持ちでいたら、考える事も悩む事も努力する事も相手を見る事も思う事も・・・・・全て減少してしまったり見失ってしまう。
知らない間に隙ができてしまう。

いかなる場面でも弱者の気持ちでチャレンジャーでなければならない。

『勝ちたい』という気持ちから『勝てる』という気持ちに変わったら、負けに近づく。そのとうりだと思う。簡単である。『勝てる』という気持ちは必要ないのだ。
そんな気持ちが少しでもあったら隙ができるし、精進しなくなるだろう。
監督・指導者・選手・・・常に弱者であるべきである。
もし、選手たちが弱者になりきれなかったら・・・なんて心配はいらない。
そしたら現実の結果をしっかり受け止めて、弱者の気持ちを持つ事を伝えるところからやり直せばいいだけである。

まずは、この弱者として戦うメンタルの部分が監督・指導者に常になければ選手には伝わらないだろう。
子供は親の背中を見て育つという。
それと同じように、監督・指導者が弱者の気持ちを持ち選手と沢山触れ合う事(一緒に考え・一緒に悩み・一緒に戦い・一緒に笑う・一緒に喜ぶ・一緒に遊ぶ・一緒に失敗する・・・)で自然と伝わるのではないかと俺は思う。

スポーツ、何が大切なのか?
勝利? 達成感? 忍耐? ・・・・・
それぞれの主観で違うかもしれない。
ただ、変わらない事は弱者の気持ちを持ち続ける事じゃないかと俺は思う。

弱者として、日々精進し、日々考え、日々悩み、日々耐え・・・・結果いろいろな事を学び、相手の気持ちも考えられるようになったり・・・・・と、人として成長して行くのではないだろうか。

さて、我がチームに目を向けてみるが、数日後には県少年団大会がある。
組み合わせも決まった。

そんな中、指導者たちの中から、強者的な発言も聞こえている。
俺は正直不安でならない。
最後になる大会であるから、少しでも良い成績を・・・少しでも・・・・と当たり前のように思い期待する。
当然指導者として弱者だからプレッシャーも感じる。
ただ、今までやってきた事・教えてきた事・・・間違いないと自ら信じ、選手に託すだけである。
どんな結果でも受け止めるしかないのだろう。

弱者として反省は必要だが、
今までの指導を自ら否定したら、それ程選手に失礼な事はない。

と、弱者だから自分に言いきかせている。