道のり⑦ | 語り屋のGOING MY WAY

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~人生楽ありゃ苦もあるさ~

サッカー少年団の元・素人指導者が我が道を貫く苦悩と日常。又、裏側にある素晴らしきもの。かな(-_-;)

依然としてサッカー馬鹿っぷりをはっきしながら中学3年になる。

しかしこの頃から、サッカーゎ好きなのだが、部活でのサッカーがつまらなくてしかたなかった。
さぼりもした。

勉強の成績もからっきし。(笑)
特殊学級なみだったかもね。(俺より成績悪い奴等ゎいっぱいいたけどさ)

そんなこんなで、みんな周りゎ受験モードに変わっていく。

本来、俺の頭にゎ今まで勉強なんてこれっぽっちもなく、本当にサッカーしかやりたくなかった。

しかし、ここで壁にぶちあたる。
今まで望んできた某高校。行けるのか不安になる。
勿論、学区外とる為に下準備が必要。
親父に聞いてみてもらうが・・・・「偏差値ゎどれくらい今あるの?」と聞き返されたらしい。
親父「しらねぇ~」と答える。
そもそも某高校ゎ進学校で、馬鹿な俺みたいな奴が行けるとこでゎなかった。

「最低でも○○くらい偏差値ないと厳しいよ」だって。親父に言われた。

それって熊○レベルぢゃんって思った。

ここで俺の某高校でサッカーする夢ゎ消えた。

さぁ、どーするか?

ぢゃー、帝○か?武○か?修○か?・・・・・・


あっち向きこっち向きしてみるものの、サッカーの強い学校で俺の学力で行けそうなとこなどなかった。

担任からゎサッカー関係なしに地元の高校を進められる。

しかし俺の中でゎサッカーが強い学校でなければ行く意味がなかった。
そこいらの学校へ行くのなら行っても行かなくてもいい気持ちに変わっていった。

ただサッカーゎ嫌いになったわけでゎない。

今だから笑える話だが、当時読売クラブに菊原志郎がいた。こいつゎ都内の高校へ通いながら読売クラブでサッカーしていたのだ。

俺ゎ「高校なんてどーでもいいや。菊原みたいに読売クラブがあるし」なんて本気で思っていた。

で、高校受験ゎ地元の某公立高校を受験するが落ちた。滑り止めとか言ってみんな私立を受けたが、俺にゎそんなもんゎ必要なかった。
そぅ、読売クラブがあったから(笑)。


仕方なく、俺ゎ勤労学生への道へ進む。
アルバイトして夜学校へ。
この時にゎ既に〝目指せ植○文雄〟の俺ゎいなくなっていた。


サッカーゎ嫌いでゎない。
その学校でもサッカー部があった。俺ゎ入部した。

昼間ゎアルバイト。
夜ゎ学校。終わって遊びみたいな部活。

こんな事を繰り返しているうちに読売クラブが頭から遠ざかって行った。

自分の周りにゎいろいろな奴がいた。
タバコを吸う奴・シ○ナーを吸う奴・バイクを乗り回す奴・シャコタンを乗り回す奴・・・・30代40代の人。。。

この辺から・・・だんだんとサッカーから離れて行く。

休暇です。