カタリヤのグタグタ日記
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小説5

どれくらい時間がたっただろうか。


後ろから衣ずれの音が聞こえる。振り向くと、彼女と目線があった。


「…。」

「…。」


…しまった、起きた時のことを失念していた。なんと声をかけたものか。


「なんであそこに座っていたの?」…直接的すぎる。

「やあ、血まみれのお嬢さん、気分はどうだい?」…ただの変態だろ、これ。


そんなことを脳内で目まぐるしく、思考を働かせながら、しかして、彼女と数秒見つめあう時間が続く。


…いかんな。とりあえず年上として、安心させなくては。


僕はとりあえず、


「おはよう。」


と無難な挨拶をすることにした。我ながら芸がないかなと、思わなくもない。


「気分はどうだい? どこか苦しくない?」


そう問いかけると、彼女はしばらくぼーっとこちらを見たあと、わずかに口を動かす。


けれど、それは有音になることなく、彼女の口から出ることがない。


「え? 何?」


もう一度聞き返すと、彼女も戸惑っているのか、喉を押さえて、必死になって口を動かす。


しかし、そこから声が発せられない。


「…もしかして、声、出ないの?」


そう聞くと、彼女は泣きそうな目でこちらを見て、こくり、とうなずく。


「…そうか。」


ふう、と息をはき、僕は心を落ち着ける。一番焦るのは当人である彼女だ。僕まで焦っていては仕方ない。


「とりあえず、落ち着こう。大丈夫だから。」


僕はつとめて静かな声で彼女をなだめる。彼女は戸惑いながらも、僕の言葉に従うように、こくりとうなづく。


「まず、お風呂に入ってきな。ああ、変な意味じゃなくてね?結構汚れてるから、君。」


僕がそういうと、彼女は自分の格好を見下ろして、ぎょっとしたように眼を見開く。


そして、何事かを訴えるよう僕に近づいてくる。


「ストップ!」


けれど、僕はそんな彼女を手で制する。


「…いろいろ聞きたいことはあると思うけど、まず、温かいお湯につかって落ち着きな?」


僕が言うと、彼女はじいっとこちらを見る。


「…この雪の中で眠っていたんだ。体も冷えてるはずだから。」


彼女はしばらくこちらを見てすくりと立ち上がる。


「お風呂、廊下出て、右側だから。」


僕がそう言うと、彼女は長い髪を翻して、廊下を歩いていった。


「…はああああ。」


彼女が見えなくなったあと、俺は深いため息をついた…。


小説4

「もう、終わりにしよっか。」


 彼女にそう言われたのは、一昨年の12月、こんな風に雪の降る夜だった。

 彼女はその時、足のネイルを塗りながら、窓際で雪を見ていた僕にそう言った。


「…なにを?」

「芝居と恋愛。」


 僕は当時、劇団で役者をやっていた。彼女はそこの主催者で、座つきの演出家だった。


「なんで終わりにするの? 必要なくない?」


 当時僕らは同棲していて、それなりにうまくいっていた。

 彼女はネイルを息を吹きかけて乾かして、そのあと目を合わさないように、どこか空中に言葉を投げた。


「いや、なんとなくさ。あきちゃって。」


 僕は、その時、そんな風に話しながら、何の会話をしているのか、いまいちよく分かっていなかった。

 突然の終りの始まりに理解が置いてけぼりになっていた。

 でも、ひとつだけ分かっていたことは、彼女にその言葉を変える意思がさらさらないということだった。


「…あきちゃったんだ。」

「うん。あきちゃった。」


 彼女はとてもとても強い人で、僕なんかが思いもしないようなことを考え付く人だったから、


「じゃあ、しょうがないね。」

「うん、しょうがない」


 その時、僕は、「ああ、置いてかれたんだな」と素直にあきらめた。

 いつか、そんな日が来るんじゃないかと、なんとなく予想はついてはいたから。





 あの時と同じように僕は窓際で、雪の降りゆく姿を見上げていて、

 

 しかし、彼女がいたところには、血まみれの別の彼女が静かに、横たわっている。

 

 ロータリーで彼女と出会ったあと、僕は血まみれの彼女を、ほおっておこうかとも思った。

 血まみれの女の子などできれば関わりたくないというのが普通の感覚だ。

 けれど、残念ながら今は「普通」ではなく、どうやら警察も何もない状況で、彼女をこのまま放っておけば、

 遅かれ早かれ、彼女は凍死してしまうだろうことは想像に難くなかった。

 それを見捨てられるほど、僕は人でなしではなかったらしい。


 僕は、血まみれの彼女を背負いながら、もと来た道を戻り家へとたどり着いたのだった。


 古い型の電気ストーブの音がごうごうと唸っている。

 僕はすっかり冷たくなりかけていた彼女に毛布をかけて、

 自分は彼女についていた血で汚れた服を脱ぎ、シャワーをあびて、着替えをし、窓際で雪を眺めた。


 我ながら、なんでこんなに落ち着いているのか全く分からない。

 もう、頭がいい加減ついてきていないらしい。

 あの時と同じように。


 僕は血で汚れた彼女の頬をさわる。大分温かさが戻ってきた。

 僕は静かに寝息を立てる彼女を観察する。


 制服を着ているところを見ると、女子高生だろう。

 ずいぶんと童顔で、髪が長く、黒く美しい髪が背中の中ごろまで伸びている。

 色は白く、担いだとき、ずいぶんと華奢な体つきをしていた。

 見た目は驚くほど清楚で、かわいい感じの美人だ。

 

 外見からは、ナイフを持って血まみれで座っているなど想像もできないような子だ。

 一体彼女に何があったのか、そして、どうしてこのおかしな世界にいるのか。

「起きたら聞いてみるか…。」

 僕は首をめぐらせて、再び外の様子を見る。

 雪はしんしんと、我関せずというかのように、降り続いていた…。


 続く

小説3

「ここにもいないのか…」


僕は、ひとしきりコンビニの店内を見たあと、そのまま外に出た。


しばらく呆然としたあと、僕はとりあえず、駅に向かいつつ商店街の店をひとつひとつ覗いていくことにした。


シャッターが閉まっているところはともかくとして、


不思議なのは、コンビニなどの開いている店舗ももぬけの空になっているところだった。


しかも、電気や冷凍庫などが来ている状態で、だ。


それはまるで、いつもの状態から「人」だけ消えてしまったような状態だった。


「どうなってんだ、これ…?」


状況の意味不明さがリミットを超えたので、どこか僕は目の前のものを受け入れることにした。


大体において、この状況がどうやって生み出されたのか、

どうして、町から「人」が消えてしまったのか。


「…いや、町だけなのか?」


今自分が確認できる範囲が町なだけであって、もしかしたら、これって…。


すこし身震いをした。空から降る雪のせいだけでは、なかった。


僕は自分のした嫌な想像を振り払うように前を向く。


そこには、新宿からほど近いこの街から見えるにはあまりにも異質なものがある。


それは「大樹」などというレベルではないほどの巨大な異様をもって佇む黒々とした樹だ。


「やっぱ、あれが関係してんのかな…。」


その天辺は雪で白く冠をかぶっている。


ここから見るにつけてもあの大きさなのだから、恐らくは、そこにあるはずの都庁と同じくらいの大きさなのだろう。


「行くしかねえか…。」


僕は駄目元で駅に向かうことにした。


こんな状況なのだから、電車が走ってるなんて望みは持っちゃいない。


しかし、線路の上を歩いて行けば、その先には新宿があるからだ。


とりあえず、あそこに向かうにはそれが一番手っ取り早いだろう。


雪がしんしんと降りしきる中、人の音が消えた街に、自分の靴音がいやに響く。


サクリ、サクリと進んでいくうちに、気づけば駅前のロータリーへと着いていた。


毎朝毎朝、飽きるほど見ていたはずのバス停にはバスの影はなく、広々とした敷地がさみしくあるだけの場所だった。


そこにも人の気配は感じられないかのように思えた。


けれど、


「ん・・・?」


ふと見ると、ロータリーの真ん中、待ち合いのベンチに、人影があった。


僕はその影を見た瞬間そちらに駆け寄った。こんな状況で出会った初めての人間だ。


正直、今は情報より何よりただ人と話して不安を解消したかった。


15メートル、10メートルと近づいていく。その姿が次第にはっきりと見えてくる。


僕は手を上げ声をかけようと口を開く。


「おお…い…。」


だけど、僕は5メートルほど手前で足を止めた。


それは、髪の長い女性だった。目を閉じたまま、この寒空の下、動かず眠っていた。


僕が5メートル前で見たのは、真っ白な雪の中、そんな彼女の下が真っ赤な何かに染められていた光景。


そして、彼女の手の中にあるもの。そこには小さな小さな、




赤い何かにまみれた、ナイフが握られていたのだった…。

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