日付が変わってしまいましたが

昨日付のブログに

「昔話の残酷さを嫌うのは
 不運にも
子どもの頃 昔話の残酷さに出会えなかった
大人たちの反応」

だと書きましたが


これに対する意見をもらいました


戦争を体験したり
貧しさを体験したりした人たちが
もうこういうのはイヤだと
避ける気持ちからではないかと


それはあるかもしれません


でも現実の残酷さと
昔話の残酷さとは
違います


それがこの記事ですが・・・

「人を殺してみたかった」 という子に しない方法とは?



残酷なものは見たくない
(だから子どもにも伝えなくない)

それはそれでいいと思います
各人の気持ちですから

でも だからと言って
書き換えないで下さい



残酷なものがイヤだと言われれば
私はお話を差し替えるようにしています

はるっぴも「こわいおはなしはイヤだ」というので
こわいおはなしはしたことがありません


昔話は 理屈に合わないこともいっぱいあります

ですから
大人になってから昔話に出会い
「なぜそうなの?」と首をかしげる大人もいます
残酷さについてだけでなく

なじみのない大人は拒否反応ありますが
子どもは素直に受け取ります

むしろ子どもは
変に手を加えた方が拒否反応出ます



日本の神話を語る と決めてから

「もう昔話は語らないだろう
 勉強もしないだろう」

と思っていました



これから私はどういう道筋をたどるんだろう?
と自問自答するのですが
全然分かりません(・.・;)