時は享和二年七月弐壱日、下総松戸の傍の戸ヶ崎村に小僧弁天というのがあります。其処に御休所があって時刻はその日の申刻下がり、陽が西へ傾いたころ安田一角が煙草を呑んでいますと馬方作蔵が入ってきて、帰り馬だから安くすると男に話しかけると男は馬は要らないと言います。押し売りをしていると男が安田一角と作蔵は気が付きます。一角は落ちぶれて今では五助街道の藤ケ谷の明神山に隠れて追剥をしているから作蔵に仲間になって客を乗せて其処を通れと金をやります。作蔵は今日は三蔵(死んだお累の兄質屋)を乗せて東福寺まで送ったと話し、一角は作蔵によく考えておけと其処を出て行きます。すると二枚折りの屏風の蔭から男が作蔵を呼びます。屏風の蔭に居たのは新吉とお賤。新吉は作蔵に安田との話を盗み聞きしていて俺にも一口乗せろと言い、三蔵は何処へ往ったんだと聞き帰りは此処を通るかと言うと、作蔵は鰭ケ崎の方へ回るが此方を通ってもいいと答える。新吉は作蔵に耳打ちして上手くいけば金を遣ると言い手筈通り作蔵が三蔵を乗せて来ます。陽はとっぷりと暮れ葦の繁った中から飛び出して三蔵を殺しますがお賤も顔に怪我をします。その顔は丁度七年前の七月弐壱日の夜、お累が新吉を怨み鎌で自殺した時の顔そのもの。それから二人は松戸へ出まして松新という宿屋に泊り翌日雨の中立出でて本郷山を越し、塚前村にかかり観音堂に参詣を致します。

其処で図らずお賤は実の母に出逢います・・・