五つの教室は3か月の夏休みを終え10月から再開します。

 

演劇は「三匹の子ブタ」大ブタちゃんのワラの家が小さかったので、

みんなと同じ大きさに作り変えました😅

 

 

 

オオカミはこんな姿で登場します。

お家を壊すときの表情と釜茹でになるときは別の表情で登場します😅

 

三匹の子ブタは子どもたちに作ってもらいます😅

 

※11月には高齢者サロンでワンマンショウも待っています😅

 

晴れた朝の日の出は気持ちがいい

 

一日のスピード 一年のスピードも速く感じる

 

歳を重ねるごとに 

 

そんなわたしに 一瞬の朝陽が活力をくれる

 元畑の草刈り

ここは真夏の草刈りを避けていた場所約200坪ある所💦

肩まで伸びていました💦

 

 刈り取った跡

 

 法面の下は赤線道

 

 東側の広い所

 

1時間半くらいかかりました💦

涼しくなったので頑張りました😅

何か作ればいいのですが・・・

そこまでの気持ちが出てきません・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今週から朝ドラ「ブラッサム」が始まり出足好調と思いながら今日は特に良かったですね😅

山口県岩国市を舞台に展開が始まり、岩国市はもとより山口県までの効果は想像以上になるものと感じています😅

 

朝ドラで毎度思うことは、どの子役さんも素晴らしいと。

今回の村上蘭さん12歳とあさイチでやっていましたが、この子も素晴らしい。

なんか今週で出番がおしまいと云っていましたが印象を残してくれる役者さん😅

 

この番組を観ながら放課後教室のことに繋がりました。

令和元年に立ち上がった小学校での展開、私の演劇教室はコロナのため3年間児童無しという経験をしましたが、

それでも21人の児童を見てきました。今でも学校や地域で出会うと近寄って来る子もいます😅

 

演劇に興味を持つ児童が集まって教室ができます。

21人の子ども、それぞれの個性を見つけて配役したり指導をしてきました。

なかには演劇に行ける子もいましたが強制はしませんでした。

 

わたしの信条は「日常生活のなかで配役を演じている」・・・

しかし、だからと言って職業俳優になることとは別物と・・・

 

 

 

78歳で亡くなった父は兄が5人姉が2人おりました。

その、上から3番目の兄は明治40年生まれで呉の海軍で潜水艦の艦長でした。

私の父は大正12年生まれ、ギリギリで兵隊に出ています。

あまり戦争の話はしてくれませんでしたが、一つだけ記憶があります。

それは大きな釜で飯を炊くことが得意であったとよく話していたことです。

前線で大きな釜を運ぶことはないようにおもいますが、兵舎でのことだったのでしょうか・・・

 

3番目の兄は寡黙な人で近くに住んでいましたが話を聴いた覚えはありません。

たぶん父から聞いたのではないかと思いますが潜水艦の艦長だったということを時々思い出します。

 

「潜水艦ろ号未だ浮上せず」1954年公開のこの作品をユーチューブで見つけて先ほど鑑賞しました。

1950年前後の戦争映画を探して観たいと思った訳は俳優さんたちが何らかの形で戦争体験があると思ったからです。

 

そして タイトル「潜水艦ろ号未だ浮上せず」を観たのは父の兄が潜水艦の艦長だったからです。

当時の潜水艦がどの様なものであったかも理解出来ましたが、父の兄が艦長としてどの様に戦ったかはわかりません。

 

戦争に兵隊として出た人は生還して多くを語らない。

この映画にも出てきました「同期の桜」が効果的に流れてきたのを聴いて理解ができます。

 

世界は、戦争という問いに平和をどの様に築いていくのだろうか・・・・