その頃三蔵が羽生村の北坂という処へ一件家を建てて新吉とお累は其処に住みます。法蔵寺で逢ったお賤は子どもの頃深川紅葉屋の櫓下(芸者)の下地子(見習い)の時新吉が本石町の松田という貸本屋にいたことを思い出す。名主惣右衛門は紅葉屋からお賤を連れて来て家にも置かれないから惣領の惣次郎や御内儀と話し合いで土手下へ一件家をつくり時々通ってくる。新吉は家へ帰るとお累が火傷の跡でお化けのような顔、赤ん坊は獄門の首に似て家に帰りたくはなし、お賤の処は良いから深い仲になります。兄三蔵は心配してお累に意見を言わせますが新吉は腹を立て家を空けることが多くなりお累は心配するから段々病気になっていきます。ある日病身な体で新吉に意見しますと喧嘩になってやかんを投げると煮え湯で赤ん坊与之助が死んでしまいます。家を出てお賤の処に行った新吉にどしゃ降りのなか死んだ与之助を抱いて、どうかこの子の弔いだけはしてくれと泣きすがりますが新吉は子どもを抱いたお累を家の外に突き飛ばします。その夜村の男からお累が子どもを抱いたなり草刈鎌(お久を殺した鎌)で喉笛掻き切って死んでいるから直ぐ帰ってくれと言って来る。