「豊志賀の死」落語で一番よく噺されるところ。
時は20年後、根津七軒町の富本(浄瑠璃の流派)の師匠志賀39歳、妹お園の追福を営み気を取り直して稽古。そこに下谷大門町に煙草屋をしている勘蔵(かつて深見の門番)の甥新吉21歳(深見の次男)が煙草を売りに来る。そのうち新吉は居付いてしまい豊志賀といい仲に。堅かった師匠が新吉とできてしまい堅気の家の親は娘をこんな師匠のもとには置けないと稽古から下げて(やめる)しまいます。ところがお久は家に居ると継母がいじめるから相変わらず稽古に通ってきます。そんなお久を豊志賀は新吉に惚れていると悋気(嫉妬)の焔は絶える間なく逆上、目の下に腫物段々腫れ上がって目は一方腫れふさがってお岩のようになります。新吉は親身になって看病しますが豊志賀は二人に嫉妬し責め続けるものですから、新吉は大門町の勘蔵に相談して羽生村の知り合いのところに行こうかと家を飛び出してしまいます。するとお久にバッタリ出会い寿司でも食べようと二人で蓮見鮨に入ります、いろいろと話しておりますとお久には羽生村に親戚があるから継母のこともあって家を出たいと言います。新吉は病弱な師匠が野垂れ死しても一緒に逃げようとお久に言ったときお久の顔がお岩のような豊志賀の顔に変わります。新吉は恐ろしさのあまり店を飛び出し転がる様に勘蔵の家へ行きます。するとなんとあの病人豊志賀が来ているではありませんか、豊志賀は死に水だけをとってくれたら新吉の好きなようにしてくれたらいいと許し駕籠に乗って帰る時、長屋の住人が豊志賀が家で死んでいるから直ぐに帰って来いと新吉を迎えに来ます。そんな馬鹿なことがあるものか志賀はまだ此処に居ると駕籠を確かめると居ません。びっくりして帰ってみると確かに豊志賀は死んでいました。そこにあった書置き「たとえこのまま死ねばとて、この怨みは新吉の身体に纏わって、この後女房を持てば七人まではきっと取殺すからそう思え」。新吉は湯灌の時に棺桶の中に書置きを入れ小石川戸崎町清松院という寺へ葬ります。
ある日の墓参りお久と出会います・・・・