わたしはお芝居にしろ落語にしろ朗読にしろ、言葉が表現の部分を占めているものは、脚本・ネタ帳・本がその作品の出来を大きく左右するものと予てから思い知らされている。

良い基礎の上に築く建物に例えても、オーケストラの楽譜に例えても良いと思います。

志ん朝師匠の落語はそのネタ帳が洗練されています、同じネタで他の噺家を聴いたりしていますが、私は師匠の演技もそうですが、噺の構成が優れていると思い勝手に弟子になっている次第です。