人生いちばんむつかしいのは、
「なんにもしたくない」とき
「なんにもしない」勇気をもつこと
なのかもしれませんね。
人は、「なにかしていないと」不安になるイキモノ。
行動0=自分の価値0
みたいに感じて、
とにかく「なにか動いていないと」となるのは
わたしたち ひと に刷り込まれたプロミングなのかもしれません♪
でも、そこを超えて 勇気 をもってみる。
ただ、存在する
ことのまぶしさや、尊さ、
存在価値みたいなものに気づけるのは
この ‟怖れ” を超えたときにはじめて得られるものかもしれません。
人が持つもともとの素晴らしさに、
気づかれると困る存在たち^^が
巧妙にしかけてくるトリック…
みんなが、‟それ”に気づいてしまったら
世の中コントロールができなくなる…
(みんなの自己価値、存在価値があがると常識操作できなくなるから)
だから、伏せられてくる事実、伏せられてきた事実♪
気づいて、‟存在”がもつ素晴らしさに
どんどんどんどんふれていくこと、大事だな~と感じます。
【わたしは、あなたが何をしようが、していまいが
変わらず好きで、愛しています。】
こういえる相手が、何人いるか?
や、一人でもいたなら、それは‟幸せ”と呼べるかもしれません。
そして‟自分”に対しても言えたなら、もっともっと祝福がひろがっていくのでしょう。
「なんにもしない」ことの効用、っていうのが実はあって、
ほんとうに何もしなくなると
‟できる人”がまわりに増えてきます♪
「なんにもできない人」と「なんでもできる人」はセットみたいで
あなたが手を抜くことで、育ちゆく組織や世界があるんだってこと、
もし伝われば幸いです。
(規模はぜんぜん違いますが、家族が料理をつくれるようになったのも
「なんにもしない」&「手抜き」母のおかげ^^;)
必要以上に責任や義務をしょい込みすぎないで、
「なんにもしない」ことのメリットを知ること♪
‟存在価値”に気づくだけでなく、
‟まわりが育つ”から信じて、安心していられるかどうかも
そこにプラス大事なことだと思います。

