パッタルン



サワディークラップ!


天気予報を見ていたら、雪だるまマークでした。


月曜日は予報がはずれて晴れだっただけに、


疑わしいわけですが、


今度こそは、雪が降るのでしょうか…。




さて、久しぶりのパタニ王国ですニコニコ




13世紀頃まで大きな勢力を誇っていた


クメール王国(現カンボジア)でしたが、


ジャヤーヴァルマン7世が亡くなると、


次第にスコータイ王国が勢力を伸ばしてきました。




勢力が弱まったクメール王国をよそに、


スコータイ王朝は、


あっという間にマレー半島全土を制圧


パタニ王国スコータイ王国の支配下


置かれることになってしまいました。




14世紀に入り、


スコータイ王国の影に隠れるように


アユタヤ王国が成立しました。


そして、15世紀に入り、


アユタヤ王国は、スコータイ王国を併合するに至ります。




当然のごとく、パタニ王国は、


アユタヤ王国の支配下に置かれることになりました。


しかしながら、アユタヤ王国は、


かつてのスコータイ王国ほどの勢力がなく、


次第に衰退し、最終的にはビルマ(現ミャンマー)に滅ぼされ


パタニ王国は再び自立した国として、成立することになるのです。




時は流れ、18世紀から19世紀に移ろうしていました。


ビルマのアユタヤ王国制圧以後、独立を保っていた


パタニ王国に、再びの危機が訪れようとしていました。




ビルマに滅ぼされたアユタヤ王国でしたが、


ビルマはアユタヤを占領することなく


街から退去してしまいました。


そこで誕生したのがトンブリー王朝


そして現在のタイ王国(チャックリー王朝)です。




チャックリー王朝は、南侵しました。


あっという間にパタニ王国を制圧し、そして同国を小さく分割。


パタニの抵抗もありましたが、


1902年、ラーマ5世のチャクリー改革により、


パタニ地方はタイ王国に統治されることになっていったわけです。




わずか100数年前、こうして、


パッタニー県、ヤラー県、ナラーティワート県など、


タイ深南部に新しい県が誕生していったわけです。




パッタルンの南隣では、


こうした歴史が繰り広げられていたんですよね得意げ