オートバイ乗りの書斎 -4ページ目

オートバイ乗りの書斎

東京下町。24年目に入った筋金?入りのカタナ乗り

鳥取市内で進路を国道53号にとり道を急ぐ。

津山到着は16:30頃。

小さなビジネスホテルに宿を取った。




岡山県津山市。人口は10万人ちょっとの地方都市。

津山藩の城下町で市街地から城山の石垣が見える。


そしてここでもシャッター通りが。






商店街には全く人通りがない。

城の東側に古い町家の街並みが残っているとのことで、散策の足をのばしてみた。




地方都市の夕暮れ。






津山城跡の夕暮れ


一通り日が暮れかかるまで街を散策した後、商店街で営業をしている焼き鳥屋をみつけ今宵の晩酌とした。





海上自衛隊の護衛艦たちが間近に見れる桟橋へ。

天気は一転して快晴。


北方の守りにつく力強い船たち






護衛艦 ふゆづき

排水量5100トン 乗員200名






護衛艦 あたご 

排水量7700トン 乗員300名




ミサイル艇 はやぶさ 200トン 乗員21名


舞鶴港を後にして鳥取に向かう。途中で再び雨、レインを着込む。

鳥取市に着いたあたりから再び晴れ。

今日の宿泊地である岡山県の津山市へアクセルを開ける。





旅の2日目。

敦賀の街を朝7時半に出発。

雲行きが怪しかったが、出発して30分ほどで雨が落ちてきた


高架下で手早くレインを着込む。ロングツーリングに雨はつきものだ。














午前のうちに舞鶴に到着。海軍の街。


海上自衛隊の護衛艦が間近に見られる桟橋をしばらく散策。



掃海艇すがしま 排水量510トン 乗員45名



多用途支援艦ひうち 排水量980トン 乗員40名




駐車場にカタナを停めて、赤レンガ倉庫街を歩いてみる。









旧海軍の倉庫群だ。





オートバイで街に入るときからシャッター通りが目についた。

いつもの地方都市の光景だ。




寂れた中型のショッピングセンターが駅前にあるのも、どの地方都市でもみることのできるパターン化された光景だ。

車の量も極端に少ない。どこも同じだが、市の中心地よりも少し離れた国道沿いの方がはるかに車の交通量が多い。




夕刻の6時過ぎであるが人通りはほとんどない。

頑張って営業しているラーメン店にエールを送りたくなる。














現代のゴーストタウンと言ってもいいくらいほぼ壊滅の状態。

我々の消費行動はどのように変わったのだろうか。




路地裏に入った旧?繁華街の飲み屋もこんな状態だ。















かつては多くの遊び人たちで賑わっていたのだろうか?だとしたら、その遊び人たちは何処へ行ってしまったのか。




広い空の下の大きな交差点。向うに広がるのは延々と続くシャッター商店街。

東京で繁栄を謳歌している俺にはこの光景はズドンと心にくるものがある。


















日が暮れて益々寂寥感が増す




売り物件。恐らく買い手はつかないだろう。

レディ美容室…

かつては若い女性が、オシャレをしに来店していたこともあるのだろうか?


唯一、ひときわ人だかりができている場所があった。それは、奇しくも商店ではなく路上の屋台ラーメン屋であった。

若者たちが、番号を呼ばれるのを待っている。




要するに、知恵を絞って努力して集客すること、なんだろうか。

頑張れ


このゴールデンウィークに久しぶりにロングツーリングに出た。

以前のようにテント積んで行くわけでなく、興奮で眠れない前日の夜、ということもなく。普段仕事に行くのと同じような時間に起きて普通に出かけた。



四ツ目通りは閑散としていてこの下町の住みやすさをあらためて教えてくれた。




東名高速はのっけからの大渋滞。覚悟はしていたが…。

海老名サービスエリアで給油。

目指したのは北陸、日本海に面した敦賀という街。原発の街として有名だ。走行距離は480キロくらいになる。


岐阜県の大垣でいったん高速をおりたが既に時刻は午後2時。

関ヶ原から再び名神高速にのり一気に北陸道の敦賀まで走ってホテルにチェックイン。

時刻は1630。


ひっそりとした敦賀駅の駅前にある新しいホテルには、既に何台かのオートバイが停まっていた。みんな旅人だ。




5月3日敦賀駅前のホテル











天気は晴れ。

チェックインして、熱いシャワーで旅の疲れをリフレッシュした。


オートバイの一人旅はいつも少し寂しい




GW初日は会社の仲間とゴルフ。


今日から久しぶりににわか旅人となる。

初日に目指すのは、福井県の敦賀というところ。東京の下町からは約500キロ。

初めて訪れる地方都市。


オートバイの一人旅の出発は、いつも何故だか少し寂しい。



土曜日の休日に夕方の明るいうちから飲み始め、いったん家に戻ってから酔い覚ましに夜の下町に出た。














桜橋のあたりを散策して、何枚か夜景を撮影。

静かな夜だ。

時おり地元の人々が通るくらいで、じっとしていると心が落ち着いてくる。

近くを走る首都高の走行音もかえって心地よい感じだ。

あの道は、北の大地へとつながっている。




夜の隅田川に照明が映りこんでいて、水面を輝かせている。


ゴールデンウィークの旅の目的地はどこにしようかなどと物思いにふける。

北に向かうか、西に向かうか。


夕方からオートバイを走らせて京浜工業地帯を訪れた。

着いた頃には陽は落ちてその港湾地帯には人影も無かった。


小さな貨物船が繋留されていて、運河の向こう側は巨大な工場が照明を煌々と輝かせて、夜の空を照らし出していた。






4月18日(土)夕暮れ時

川崎市千鳥町











昼間に見るときっとその姿はグロテスクでこの環境を破壊する文明の象徴のように見えることだろう。


目の前の光景はその怪しげでな美しさに輝いていて、人の誰もいない港湾はまるで別世界のようであった。












再びオートバイを都内に向かわせ、川のほとりから巨大な電波塔を眺めた。

このイルミネーションは果たして、100年後でも同じ姿で街を見下ろしているのだろうか?














隅田川の向こうに見えているのは、都心部の繁栄の輝きだ。





橋の上には、デートをするカップル、ジョギングをする人、ぼーっとベンチに腰掛けて何かを考えている人。

都会の夜を人々は思い思いに過ごしているのだ。


愛車のカタナの輝きはまだ失われていない





週末にオートバイを独りで走らせる。

若いころのようながむしゃらな高揚感はもう薄れてしまったような気がする。


無心で走っていると、未来よりも過去の方が頭をよぎることが多くなった。

年齢を経てもまだオートバイに乗り続けていることのへの軽い嫌悪感を伴った複雑な感情とともに、走りなれたコースを走った。

高度を上げると都心では終わってしまった見頃の桜の花に包まれた。




4月12日檜原街道











街道を左にそれて県境へと向かう。このまま走ると上野原という小さな街にでるはずだ。


鉄の塊を股の下に挟んで昔ほど派手にコーナーに突っ込むこともなくなった。何を守ろうとしているのだろうか。




金属がむき出しのカタナと無機質な工場はよく似合う。

自分の送る無機質な日々としっくりとくる。


上野原市は人口が3万人に満たない小さな街である。ちょっと調べると1990年代に3万を超したのピークに減少しているようだ。





都会で日々、全力で働いている。

ここはそんな都会からわずかに2時間程度の距離にある。


このような寂しい風景の地方都市に最近なぜか惹かれる自分がいる。




古い商家が取り壊されてゆく。

ただ、発展のないこの街にどんな新しいものを建築しようというのだろう。

残すことの価値は置き去りにされがちだ。


中央高速に乗り一気に自宅のある東京下町へ。

渋滞もなくストレスフリーで帰宅。

駐車場にオートバイを停めてエンジンを切った瞬間、忘れていた高揚感が訪れるのを感じた。


また乗ろう。








10年ぶりに北海道ツーリングをする機会を得た。

出発は今週の金曜日。夜中に出発をして東北道で八戸に向かう。フェリーは予約済みだ。


相棒は相変わらずのカタナ。もう12年も乗っている。

10年ぶりの超ロングツーリングとなるが、不安がないわけではない。

前傾のきついライディングポジションで、東北道を走りきれるかどうか。もう、あの頃の若さはない。


装備は先週末に確認を済ませた。積載用具とキャンプ用具(今回のキャンプは2泊だけの予定だが)。

クローゼットの奥からレインウエアーも探し出した。

テントは購入して数回しか使っていないモンベル。そうだ、ペグが1本足りなかったはずだ。


あの頃のような高揚感もまた、感じない。今のところ。

いい歳をして、何をしているのだろう、というほんの少しの自己嫌悪だったり。

いい旅にしよう、と誰もが言う。

いい旅にしよう、と僕も思う。