Katame'sLife -22ページ目

人の性格は見かけによるケースとよらないケースがある-2章

全てのルーツはここにある、俺は母親の趣味で5歳から
セントラルプロダクションとゆう児童劇団に入れられていたのだ
南青山にあるレッスン場まで
律儀に週3回も母親と一緒に通っていた
東京メトロなんてハイカラな名称はなかった当時
12号線と呼んでいた大江戸線の最寄り駅から出発して
都庁前で経路を換えて青山一丁目で
銀座線に乗り換えて外苑前駅まで30分強
10代未満だった俺にとってはものすごく長い時間だった
通うのも大変だったがレッスンはもっと大変で
この場所からひと駅の所に取引先があるのだが
そこに行くと未だにモヤモヤと変な気分になるくらい
辛い思い出が沢山あったのだ。

ダメな人はダメときっぱり言い切るのは
ライオンが我が子を崖から落とすのと同じ愛情だ
こういう精神は嫌いじゃないが
いざ自分がライオンの子になると話は別だ
ここの先生は笑顔で人を切るタイプの恐ろしい先生だった
役者を志す人間がかならず通るレッスンがある
その名は"エチュード"短い1人芝居だ
高学年になるとこの授業を受けなければいけなかった
俺は見事にこの壁にぶつかった
"君は友達とボートに乗っている、君は泳げない
友達がふざけてボートを揺らした"
とゆう設定と3行くらいの台詞と悲鳴が書いてある
課題をくばられ、状況を考えて演じましょう
ってな感じだったと思う
前列の人から順に1人ずつ教卓の椅子に座り
ボートに乗ったフリをするのだ
これは傍目にはかなり恥ずかしい
教室の席順はいわゆる入った準で決まっていて
在籍期間の長さだけが自慢の俺は
見事最後列とゆうグッドポジションを手にしていた
ここなら前列の人の演技をたっぷり見て
いいところだけを繋ぎ合わせるとゆう戦法が使え
全てはうまくいくのである
ちなみに俺はこのクラスでの席順を何故だか
未だにはっきりと覚えている
学校さながらに1人1人に番号が与えられ
名前と数字が書かれたバッチを
左胸につけられていたからかもしれない
俺の番号は17だった
1番目のしずかちゃんから始り、かずきくん
ゆうこちゃんと続く、2列目のまこくんの辺りで
俺はある違和感を感じた
ひとつの芝居に3つはダメ出しをする先生が
いっこうに口を開かない、ハイOK次ってな
具合でサクサクと進みあっとゆう間に
最後列に座る俺の番になってしまったのだ
緊張をふりほどき教卓へ歩み出る
椅子に座って目をつぶりボートを想像する
30秒間の1人芝居といえばけっこうな間だが
それが案外一瞬に感じられるスピードで終わった
うん、うまく出来たかもしれない
相変わらず口を開かない先生の横をすんなり通り
席へ戻った、1番最後の倉田くんが演技を終え
ようやく先生が重い口を開けた
「お疲れさまでした、それじゃみんなの
演技をモニターで見てみましょう」
『ええええええええええ』
和やかだった教室の雰囲気が一瞬にして氷ついた
カメラはピントさえ合わせれば
目よりも断然正確に被写体を捕らえる
先生はVTR化されたみんなの演技に
容赦なくダメを出していった
「君は泳げない人になってないよ
泳げない人はもっと慌てるだろ
君みたいな子は女優じゃなくてお嫁さんにでもなりなさい」
「君の友達はそんなに悪い人間かい
自分も乗っているボートを普通はそんなに揺らさないだろう
君は体が大きいから消防士にでもなりなさい」
のようなペースで音がでるほどバシバシと切っていく
しかし20人もいる教室の最後尾、さすがに俺の頃には
怒りのレパートリーもなくなっているだろう
俺はそう鷹をくくり俳優じゃなくて何になれと
言われるのかが楽しみなくらいのテンションで
シメシメと順番を待った、17番目が俺の番
先生は一瞬沈黙し、それまでよりも
1オクターブ低い声で言った
「これがボートを漕いでいるように見えるかい?
先生にはソーラン節にしか見えないよ」
当時のソーラン節など今のようにオシャレなダンス
ではなく、北国のじいさんやばあさんが盆おどりで
踊るくらいのもんだったのだから
先生のこの言葉にはたっぷりと
中傷の念が込められていたに違いない
しかもみんなは内面の表現で怒られてるのに
俺はその前の段階のボートを漕ぐしぐさを
注意されているのだ
この時がそれまでの人生史上で
最大のショックを受けた日だった
幼な心にも立派に恥ずかしさはあり
俺はモニターに映る自分とゆうより、その奥の何かを
羞恥心の固まりとなってボー然と見つめた
今すぐビデオテープを叩き壊したいとゆう
衝動にかられながらも、そんなことをすれば恐怖の先生に
何をされるかわかったもんじゃないと思い留まり
ただじっと本人はボートを漕いでるつもりの
ソーラン節を恨めしく見つめた
そんな苦い経験の連続だったが
本格的に野球を始める11歳まで7年間もここに所属した
ちなみにジャニーズ入所前のやまぴーもここにいたらしく
同じレッスンを何度か受けてお母さんと話したこともあると
ジャ二ーズ好きの母親は未だに誇らしく豪語しているが
俺はまったく記憶にない
が、俺も酔っている時やキャバクラ等々では
知っているていで女の子に自慢する
結局7年間でこなした仕事といえば
半分くらいはイベントのアシスタント的なこと
残り半分はマイナーなドラマの2、3行の台詞の役や
色気もないポスターとかVPと呼ばれる企業用のビデオに
出たくらいで残念ながら俺は天才子役ではなかった
しかし新宿区立天神小学校では前人未到の
4年連続学芸会の主役とゆう偉業をなしとげた
主役の舞台を踏んだからと言っても
そんなチンケなコミュニティー内の話では
なにかのステップになるはずもなく
6年生で時をかけるドライな少年ひろし君役を
演じたのを最後に演劇からは遠ざかった。

それから時は5年進み、高校3年の夏になる
2年半も練習してきて本番で一回しか勝てなかった
高校野球人生を終え、心地よい開放感に包まれていた
夏休みのある日のこと
俺の家にいとこのひろみがやって来た
ひろみは俺より5つ上で世話好きな姉みたいな感じだ
家も近かったし小さい頃はよく遊んだが
その当時は久しぶりに会った感じだった
「ゆうや何してんの?」「なんもしてない」
「そう、わたしは美容室で働いてんだぁ
高校卒業したらなにすんの?」
「なんもしないかテキトーに進学か」
「そう、あんたきっとろくな大人になんないね
どうせ暇なんだったら今日これ付き合ってくんない?」
英語表記の多い日本人の怪しげな名刺を見せられた
「何これ」「この前、渋谷でスカウトされたんだ」
「怪しくねぇの?」
「ちょー怪しい、でも何度も電話くれたし
悪いから話しだけでも聞こうかなと思って」
ひろみは親族で唯一の長身で、恵まれたことに
すっきり整ったルックスの持ち主である
地元歌舞伎町では10メートルおきにキャバクラやAVの
スカウトをされるから、スカウト事態には驚かなかったが
話しを聞けば、ひろみの為に今日わざわざ新宿に
名刺の男と社長がやってくると言うのだ
光るものがあろうとズブの新人に
そこまでする芸能事務所があるのだろうか
日東ティーバッグの紅茶を淹れながら
若者の話しにしっかり聞き耳を立てていた母が
紅茶よりも先に話しに割って入った
「ねえさんには言ったの?」
「ううん、お母さんどうせこうゆうの聞く耳もたないし」
「言わないで勝手に決めたらダメじゃない
あんたのこと心配してるよ」
ひろみは一人っ子で片親なのでみんなが心配してくれる
ほったかされてる俺はちょっと羨ましく思っていた
「それじゃオネエちゃん言っといてくれない?」
ひろみの母は母の姉でひろみから見た母は叔母だが
ひろみは母をオネエちゃんと呼ぶ、母が小さいうちから
そう呼ばせようと仕込んだに違いない
「そんなことしたら私の責任になるじゃない
それでどんな事務所なの?あんた達ふたりで大丈夫かしら」
「ここなんだけど…」
「聞いたことないわね」
当時はその事務所の名前など一般人が聞き慣れている
ものではとうていなかったのだが
母はその昔、松竹歌劇団の劇団員だったため
業界に知り合いが多くいて
方々に電話をかけ、怪しい事務所ではないことを
明らかにした、それからひろみに役者は大変なのよと
自身の昔話もしっかり交えつつ言って
やる気はあるのか今の仕事を辞めても後悔ないか
ちゃんと続けられるのかと聞いた
やってもいないうちからやらないとゆうやつは
いないので、ひろみは役者になりたいと言い
本人がやりたいことなら仕方ないわねと
ほんとはやらせたくてしょうがなかった母は
無理を聞いて嫌々ふうに、でもそれを隠し切れず
嬉しそうに一緒について行くこととなった
南口なら高島屋にも行きたかったからちょうどいいしねと
だいたいの買い物は近所の生協ですます母が
見得をはったことには触れなかった
結局のところひろみがうちにやってきたのは
母にお供を頼みたかっただけで
俺はそのダシに使われていただけ
そうとは気付かない本人は
ゆうやは劇団入ってたから仕事のこととか
色々聞きたかったんだとゆう
ホントは別に当てがある言葉を真に受け
そうなの?わかんないこととかあったら全然聞いてくれて
いいけど?俺の豊富な知識と経験が必要なんでしょ?と
たかだか児童劇団の三流子役だったくせに
俺は高らかに先輩風を吹かせた
結局相手にとってはわけのわからない組み合わせの
不思議な3人組みで話し合いに望むこととなり
はじめはめんどくさいなと思ったけれど
近いし俺関係ないしまぁいっか的な感じと
時間的にランチだし何かおいしい物や素敵な物が
食べられるんじゃないかとゆう期待に胸を膨らませ
テキパキと支度をした。

かたや渋谷でスカウトされたスターの打ち合わせに
何の関係もない40歳の平凡な主婦と17歳の茶坊主が
おずおずと着いてゆく、なんとも滑稽な絵だが
俺達は犯罪抑止の為の警護のような存在なのだ
警帽を被り直したい気分で
坊主頭をなで身を引き締める
内心は勝手に想像していた待ち合わせ場所が
おしゃれイタリアンの店じゃなく
スターバックスだったので
チェっスタバかよと思いながら
それでもいつもよりオシャレで高級なコーヒーを
すする自分を思い浮かべ高島屋前のスタバに着いた
その日は日差しがきつく
空調の利いている店内にいけばいいのになと
思ったことを鮮明に覚えている
そんな下町の庶民とは違い
サマージャケットを涼しげに着こなす業界人は
優雅にオープンカフェで待っていた
40代くらいのおじさんと20代後半くらいのおねえさん
セルフレームメガネのおねえさんはどう見ても
マネージャーとか秘書とかって感じで
社長とゆう感じは見た目にはまったくなかったが
ひろみにぎこちなく「ひさしぶり」の挨拶をしたのが
おじさんのほうだったので俺はメガネのおねえさんを
社長だと判断し、熱視線を送ることを決めた
昔、児童劇団で散々言われたので面接などの類に
望む時には、その場で1番偉いひとの話しを
1番良く聞くとゆう体質ができているのだ
なんとも言えない緊張の場に母が皮切る
「ひろみの母親はお店をやってまして、なかなか時間が
取れませんで、叔母のわたしが代わりにお話しを伺いに
きました」「足を運んで頂いて助かります」
つかみは合格、しかし…
「実はわたくし松竹のほうで
10年ほどレビューを踏んでまして」と
いきなり悪い癖の昔話を始めてしまったので不合格
頼むからやめてくれとゆう息子と姪っ子の無言の
抑止も聞かず開始から10分間は誰も興味のない
母の話しになってしまった。

そんなことはその時知る由もなかったが
社長はナベプロの創始者を両親に持つだけあって
若くしてもさすがに肝が座っていた
「ひろみちゃんは女優ってより
タレントとかグラビアのほうが良さそうな感じするけど
どんなお仕事がしたいですか?」
「はい、叔母と同じ舞台に母も出ていたので
子供の頃、そのビデオを見た事があって
私もこうゆう舞台に立ってみたいと思いました
だから将来は女優さんになりたいです」
こいつ嘘言ってんなと思ったけど受け答えとしては
OKだ、ここでじゃあグラビア頑張りますと言うやつに
大概良い結果はでない
それから社長がいくつか簡単な質問をしたあと
スカウトしたほうのおじさん相沢さんが
具体的な契約の話と出演料などの話しをした
どのくらいの時間かはっきりは覚えてないけど
以外とあっさりと話しは終わって、ひろみは
簡単に芸能人の仲間入りを果たした
「こちらは、ひろみちゃんの弟さん?」
それまで名も名乗らず話しもせずにそこに君臨し
コーヒーをすすり続けた謎の男にようやく話しが回ってきた
ひろみがいとこだと答えると
社長に名前と年を聞かれた
「イシイユウヤです、高校3年生です」
野球部を引退して間もない頃だったので
魂満載の大声で元気に言った
「いい笑顔だね、ゆうやくんもやってみる?」
俺はセントラルで培ったオーディション必勝法を
とっさに思い出し、条件反射的に模範解答をする
「はい、セントラルプロダクションとゆう所で
小さい頃からお芝居の勉強をしていました
役者になるのが、その時からの夢でした」
社長の目をまっすぐ見ながら見事な大嘘をついた
騙された社長は1週間前まで高校球児で坊主頭を
何とかオシャレに見せようと茶髪にした
猿みたいな俺をスカウトし
俺はのちに業界10番手くらいに成長する
優良な事務所にあっさり所属した
今ではひとたびオーディションが開催されれば
2000通の応募があるくらいの事務所だ
はっきり言って2000分の2、3の確立に当たる自信は
まったくない、その半分でも無理だろう
だから今にして思えば俺はその時
神にスーパーラッキーなチャンスを貰ったんだと思う
「じゃあ印鑑と筆記用具を持ってひろみちゃんは明後日
ゆうやくんは親御さんにこの書類を書いて貰って来週
ここに来てください」
渋谷区神宮前とゆうその住所に
あぁ俺は芸能人になるんだと胸を高鳴らせ
案の定大した買い物もなかった母親と
大威張りで高島屋を歩いた後
築20年のマンションの一室である実家に帰り
スターの夢から一般家庭の現実に戻った
それから4日後、散々迷ったあげく大したオシャレもできず
普段と変わらないTシャツ姿で事務所に初出勤した
表参道駅の改札を抜けると全身に緊張が走る
気を紛らわそうと俺はおしゃれボーイズ&ガールズが
ひしめく竹下通りを何故だか頭に浮かんだ
「ママレードボーイ」のオープニング曲を口ずさみながら歩いた
原宿と渋谷の間に明治通りに面して
京セラビルとゆう外観は古いが中はキレイな立派な建物がある
そこの5Fが事務所だ、同フロアには製作会社と
レッスン場があり、まさにエンターテイメントな場所である
真面目に芸能スクールに通いたい人には良い環境だと思う
ちなみに6Fはテイチクレコードだったので
石川さゆりとエレベーターが一緒になったこともある
事務所に入ると壁一面に所属タレントのポスターや
雑誌掲載記事が貼ってある、それ以外は事務局員が
5、6人いてパソコンデスクが並んでてって感じで
普通の会社と変わらない
実は前の日に先乗りしていたひろみに大体の流れを
聞いていた俺は元気に挨拶をして名前を言った
「…はい?」女の人は俺を不思議そうな顔で見る
なんだこのガキは何しに来たんだ、と思われてる気がして
慌てて社長の名刺を見せた
「あの…今日12時に来てって言われたんですが…」
「少々お待ち下さい」事務的にそう言われ
パーテーションで区切られた一角に通される
そこにはアメとペンが置かれた机があるだけで
俺は完全に手持ちぶさたになった
壁掛けの時計は11時40分、20分前に来てしまった事を
後悔しながら10秒おきに時計を見る
12時になっても何事も起こらない
俺は段々心配になってきた
ここでいいのだろうか…
場所を間違えてはいないだろうか…
耳をすませて外の声を聞いていても誰も俺のことなど
気にしていない様子だった
すでに俺の存在が忘れられてしまったのではないか
このままずっと待ち続け置き去りにされたりはしまいか
待ったあげく「ここじゃない」と言われたら
どんな顔して帰ればいいだろうか
12時5分過ぎに突然女の人の声がした
「おはようございます」
すこしハスキーなかっこいい声、社長の声だ
(ここです、ここにいますっ!!!)
俺は叫んで飛び出したい気持ちを必死に抑えた
神の降臨のように社長が待ちぼうけの俺の元にやってきた
「おはようございます」立ち上がって挨拶をする
「おはよう、何時に着いたの?」「はい10分くらい前です」
早く来過ぎちゃいけなかったととっさに思い
15分もサバ読んで答えた
それから持って来た親の同意書を渡し
ちゃんと全部読んだ?と疑惑をかけられた4,5枚の契約書に
サインをし、沢山判を押した
「それじゃ今日、宣材作っちゃおうね」
「はい!」「名前はいいとして…苗字は何がいいかしらね」
ひろみは江口ってゆう芸名をもらったので
俺もあまり好きじゃない苗字を変えられるのかなと
思ったが、社長は名前をローマ字にするってだけの
安っぽい命名をした、つけて貰った名前に文句も言えず
若干の落胆を見せる俺には構わず、社長は
「じゃあ写真取りに行こうね」と言い残し
忙しく外へ出た、入れ替わりに普通のおばさんにしか
見えない太った人が元気に入ってきた
「おはようございまーーす、はじめまして荒川です」
ニコニコ元気な優しいおばさん荒川さんが
この日からマネージャーに付いてくれた
親子に見えるかなと笑う当時独身の荒川さんと一緒に
事務所近くの写真スタジオに行った
宣材写真は、その昔セントラルで撮った以来だった
これとこれとこれね、荒川さんが数十点ある衣装から
テキパキと3パターン選びスタジオのヘアメイクの人に渡す
たかだか写真一枚撮るのにここまでするのかってくらい
時間をかけて準備をしてもらう
伸びかけの茶髪坊主頭にジェルをつけ
真っ黒に日焼けした顔にたっぷりドーランを塗る
オシャレなシャツにオシャレなネクタイを締める
まぶしい照明にストロボに一眼レフ
そこまですればいくらアカ抜けない俺でも
多少はイケメンに映る
さらにパソコンで明りを足したその時
奇跡の一枚は生まれたのである
サンプルをちゃっかりポケットに忍ばせ
大満足で事務所に帰った
半分嘘のプロフィールを書き奇跡の1枚を貼り付けると
立派な宣材ができあがった
やる気が売ってたら買いたいと思うくらいの俺も
その時ばかりは希望の明日よ早くやって来いと
やる気に満ち溢れた
これを出すのだからオーディションを受けても
落ちるはずがないなと自信たっぷりに思っていたが
思っているのは本人だけで
一発目に受けたドラマのオーディションは
一次であっさり落ち
二度目のイメージボーイオーディションは
選考会場に行くこともなく終わった
無念さと敗北感に打ちのめされた俺の初仕事は
名古屋のテーマパークのオープニングセレモニーに使う
CMで「夢、あこがれ、きらめくシーサイド」とゆう
台詞のみの役とゆう、なんとも微妙なものだった
だけど先輩達のテレビ番組や
ドラマの収録現場を真近で見るうちに
嘘をついて事務所に入った俺のやらしい心は
俺もいつかこうなりたいとゆう夢に溢れるものに
すっかり変わっていたのである
そう意気込んでいくつか小さな仕事をしたが
心持ちが変わろうと現実は変わらない
別に事務所に所属したからと言って
俳優やタレントとして華々しく
デビューできるわけではないのだ
自動的に仕事が与えられるわけでもないし
ほとんどの人が沢山のオーディションを受け
オファーを待ち続ける
つまりオーディションに受かるまでの間や
仕事の依頼が来るのを待っている間は
ただの人なわけである
ただの人に給料を払えば会社は潰れるので
悪どい事務所は登録費だとか
レッスン費用だとかを逆にせしめるのだ
幸いその頃、森山直太朗のさくらが
オリコン1位に輝くヒットを叩き出した為
事務所はウハウハでその心配はなかったが
オーディションの話もあまりなく
あればあったで落ちるとゆう日が続き
さすがに不安に陥っていた入所半年目の
ある日のことだった
いつもどおりオーディションに落ちて
事務所でダラダラ過ごす俺と仲間達に社長が言った
『今までちゃんとした勉強もさせてあげられなくて
ごめんね、これから週に2日講師の先生を呼んで
稽古をつけて貰うようにするわね』
別に謝られるほどのことではない
なにせそんなものやりたくもないのだから
内心そう思いながら、ありがとうございます
勉強させて貰いますと口を揃えてみんなで言った
その日から、それまでただ事務所に
コーヒーを飲みに行くのが仕事みたいだった
俺達ダメ役者仲間5人は
本格的にレッスンを受けることになった。

何故だか知らないが芸能系のレッスンは
どんな習い事よりも厳しい
セントラルでやったような
エチュードの授業も大嫌いだったけど
嫌な思い出第1位は何といっても
"外郎売り"だろう
かの市川団十郎が作った由緒正しき口上で
5分弱の1人芝居なのだが
早口言葉の羅列で芝居とゆうよりは
渇舌の練習とゆう意味合いのほうが強い
これを週に一度先生やレッスン生の前で
発表をしなければいけなかった
"拙者親方と申すは"とゆう出だしの台詞を聞くと
逃走心でいっぱいになり
じんましんが出るくらいの恐ろしい授業だった
先生にしばき倒された恐怖の思い出は
深く傷ついた俺の心にトラウマとして
しっかりと刻まれている
劣等性だった俺は人一倍練習しても
人の三倍下手で中々先生の「ハイOK」が
貰えず、よくトイレに泣きに行った
実際涙を流したわけじゃないが
古株ででかい顔をしているぶん
後輩にどんどん抜かれる悔しさは尋常じゃない
ぶつけるところのない悔しさを噛み締めるためだった
本当に泣いたことも1度だけある
最終選考まで残った映画のオーディションと
別の地方イベントがかぶってしまい
イベントは準備不足で大失敗して
オーディションは思うようにいかなくて落選するとゆう
ダブルパンチをくらった時のことだ
18歳と言えば昔だったら立派な大人だが
俺はその年、親の前で3歳以来の涙を見せた
「あんた何泣いてんの!みっともない
悔しかったら沢山練習して次に頑張るしかないじゃない」
母親は怒ったように立ち上がり
テーブルに丸まっていた台拭きで俺の涙をぬぐった
こんな時、下町かあちゃんの気風のよさは心に染み
未成年の俺は部屋に閉じこもり、こっそり飲酒をたしなんだ
そして俺は2度と泣かないと心とキリンビールに誓った。

事務所に入って1年半たった頃
両立なんて簡単にできるのに
俺は仕事を理由に1年通った大学を辞めた
通ったといっても数えるほどしか授業に出ていなかったし
系列の高校に通ってて、たまたま推薦を貰えたから
なんとなく入っただけで後悔は何もなかった
とその当時は思ったが今は大後悔している
「入学金返して貰うからね」とつめたく母に言われ
結局はバイトと両立しなければいけないとゆう
大学に行ってる方がまだいい過酷な日々になり
心が荒んだのもこの頃である、時を同じくして
それまでダメ役者仲間を続けてきたひろみが
ついにそこから抜け出した
深夜のバラエティ番組にレギュラーが決まり
ドラマも映画も立て続けに決まった
しかし抜け出したのはいいが突き抜けすぎて
その1年後あっさり結婚して引退した
今やひろみの長女カノンは5歳になる
別の事務所から復帰したりもしたが
復帰してみたり休んでみたりを続けていて
滅多に会わないので
今はどんな感じなのかわからない
趣味感覚で仕事をするとゆう良い身分だが
俺は女優としてのあいつを少々尊敬している。

レッスン室と呼んでいた、がらんどうの部屋を
今ではタレント養成スクールアーチストアーチストなんて
かっこ良く呼ぶ、ちょうど俺が事務所に入って2年目を迎える頃
俺達が毎日やっていた基礎練習は
俳優養成スクールの授業の一環となった
相変わらずパッとしない俺は
オーディション合格率3割とゆう
野球選手なら褒められそうな低確率を引っ提げて
週2のレッスンと週6のバイトを続ける始末で
養成所が開校してからは
そこに入ってくる学生に混じって
レッスンを受けるハメになっていた
この養成スクールのシステムは厳しい
まずは授業料も含む50万弱の大金を払い
基礎コースとゆうところに入り10ヶ月レッスンを受け
昇格オーディションに合格すれば
30万円払ってサテライトコースとゆう課に属す
ここの授業は1年間あるが基礎コースの様に
上にあがる試験などはない、きまぐれにやってくる
事務所がもう練習はいらないので事務所に所属しなさいと
言うまでずっと続けなければいけないわけだ
1年やってダメならもう1年みたいな感じで
延々と鶴の一声を待ち続けるのだ
俺は本当にラッキーだった
時期がずれていたらこの難関を越えなければ
いけなかったのだ、考えたくもない
正式に事務所に入ってるってだけがとりえの
俺達ダメ役者仲間マイナス1は、そこで
1期生より前にいたから0期生と呼ばれていた
授業料もレッスン費も1円も払ってないくせに
後輩にはものすごくでかい先輩面をさげていた
ただし0期生の上にも先輩は何人もいて
たまにその人達がやってくると至っておとなしく
その場をやり過ごすのだ、芸能界の縦社会は
他業界とは比べ物にならないくらい厳しいのである
この頃の苦悩の日々はあまり思い出したくないのが
ほとんどだが未だにニヤニヤと思い出す
良い思い出も若干ある
横山智佐を知っているだろうか
本業は声優だが数多くの名作に出演する
俺が最も尊敬している舞台女優だ
そして俺が永遠に片思いを続ける女性でもある
智佐さんはワークショップと呼ばれる
冬季、夏季講習の講師だった
声優である智佐さんの授業は
喋りの練習が多く、その中に
アクセント50問とゆう授業があった
"雨が降る。棒を振る"
"他家の丈の高い竹を切る"
などなど50の例文を完璧なアクセントで言い切る
とゆうもの、たまたま地方出身者がクラスに多くいた為
江戸っ子でなまりのハンデがない俺が
唯一トップをとれた素晴らしい授業である
この授業の最終段階はワークショップの期末にあった
できた人から抜けられるとゆう
小学校の九九のようなシステムでテストを行うのだ
この時俺は自分の勝算を見込み
こっそり智佐さんにお願いをしていた
「1番になったらデートしようぜ」と
今でゆうおっぱいバレー的なお願いだ
別に学校みたいに垣根がある訳じゃないが
形式上は生徒と先生みたいな関係だったので
これを言うのにも時間が掛かったが
当時偶然、智佐さんも新宿方面に住んでいたので
帰りの電車が一緒だったこともあり
とゆうか一緒になるように調整していたんだけど
なんとか聞いて貰った
曖昧な返事しか貰ってなかったと思うが
とにかくその目標に向かい出身のハンデとは
別に毎日練習を重ね、テストの日には
ほぼ完璧なレベルに達していた
別の授業では挙手制反対運動を行っていたくらいの
俺が1番に手を挙げ見事ノーミスで1位通過する
こうして当時19歳と34歳のデートは
静かにとり行われるのであった
確かその時は新国立劇場で芝居を見た後
原宿のさくら亭でもんじゃを食ったと思う
が、緊張していた為か
あまりその時のことを覚えていない
ただその日を境に急激に仲良くなった
レッスン後は毎回近所のコーヒー屋に寄るようになり
ごはんにも沢山連れて行って貰ったり
買い物をしすぎた時に呼び出されたり
引越しのたびに呼び出されたりとしているうちに
すっかり付き人みたいになり
智佐さんの舞台は稽古の段階からほぼ全部見るようになり
毎回いる為、ちゃっかり舞台に出してもらったり
先輩に智佐さんの事務所所属だよねと言われるくらい
智佐さんには公私にわたり世話になりっ放しだった
俺は真剣に恋していたけど
相手にその気がなかったから成り立った関係だ
ダメな弟にしか見えないと言われ続けた
立派な大人になっていつか向かえに来てとか
私を虜にするくらいのいい男になってみなさい
とか散々からかわれ続けた、その結果
俺の純粋な恋は報われたのかどうか…
それはわからないしわかってても内緒だ
名前を出してしまったから智佐さんの
名誉を傷つけてしまう可能性があるので
ムフフな思い出などは語らない
かなり薄くなっているピンク色の心に
キレイにそっと閉まっておきたいピュアな思い出なのだ
ちなみに智佐さんは40歳だがアイドル女優だ
とうぜん俺なんかと変なことはしないし
俺がするなどありえない…と思う
言っておくが俺には熟女趣味など毛頭ない
いくつになってもキレイな智佐さんが
特別な存在だってことだ
普段はウケばっかりねらってる能天気おねえさんで
友達とゆう感じしかしないのだが
センタースポットに立つ智佐さんは
凛と輝く大女優そのものに美しい
舞台上で着物を着ているときなんかは
艶やかで大人の色気たっぷりだ
事務所の社長として人と話すときは
キャリアウーマンのようにかっこいい
自由でおもしろくてやさしくて面倒見もよくて
たまに真面目で一本気で強くて頼れて美しい
そんな智佐さんが俺は大好きだ
アクセント50問のテストから6年
長らく独身を貫いた智佐さんは去年あっさり結婚した
だから俺の今の大好きだは良き先輩としてとゆうこと
結婚願望は全然ないし
年下は面倒見きれないから絶対無理
付き合うなら自分より上の落ち着いた人だと
最近までよく言っていた気がしたけど
旦那さんはベーシストでかなりド派手な見た目で
年は俺とさほど変わらない、出会って1年で入籍したそうだ
だから俺は女優など女としては絶対に信用しない。

ってことでまだまだ続きます