学びたいという気持ちは、消しても消しても消えない。湧き上がってくるものである。

共通一次の数学1は、かなり難問になっているらしい。

平均点が40点だそうな。

考えてみれば、年々問題が高度になってきているように思える。

学びの意欲を消そうとやっきになっているように思えるのである。

大学に入試制度があるのは不要に思える。

 

昌益が考えていた教育制度について、考えてみようと思う。

昌益は、文字すらも否定していた。

それに関して私は、あまり問題にしていなかった。

じっくり考えてみよう。

 

数学1の参考書を取り出して三角比の問題を解いてみる。

単位円を描いて、なるほどなるほどと感心している。

時間があっという間に過ぎてしまう。

ウクレレを弾いていて時間が過ぎて行ったような、楽しい時間なのである。

そうした時間がなければ生まれた甲斐というものがない。

 

学びの喜びを失わせるようになっている。

志望校に入れなくなる絶望感を抱いて、殺傷事件を起こしてしまう。

学びの喜びなどとうに失ったのだろう。

学びが学び自体にとどまらず、手段に堕ちた時、喜びなど消えるはずである。

そうなれば、文字ですら否定したくなってしまう。

 

何か糸口がつかめそうである。