私は、持続可能な社会のた
17の課題(貧困、教育、環境など)に対して
世界中で解決するための取り組むことを行っています。
そのために国や企業が自分たちの技術を用いて
イノベーションを起こし、解決することが
自社の利益にもつながり、社会にもよい影響を与え
良い循環を生み出すことになると思っています。
昨日、友人とお茶をしていた時に
2012年リオで行われた地球サミットで行われた、
「世界一貧乏な大統領」と言われているウルグアイのホセ・ムヒカ大統領による
スピーチの話を聞いて、「発展と幸せ」について考えました。
全然関係ありませんが、お茶をしながら食べた「りんごタルト」
秋の味覚が楽しめるりんごのタルト
りんごの甘酸っぱいさとさつまいものクリームが絶妙!
<スピーチ抜粋>———————————
午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?
西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億~80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?
マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。
この消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。
ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では 私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。
そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを 持つこと。これらをもたらすべきなのです。
幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。
全文はこちら———————————
発展=幸せ
になる場合もあるけれど、
足かせになる場合もある。
自分が幸せになるために、多くのお金を持つことが幸せなのか?
お金持ちを批判しているわけではありませんし、
お金を稼がなくてもいいということではありません。
未来のためにと思ってやっていることが、今を殺していないか?
社会の常識と言われることや周りに振り回されていないか?
溢れる情報に翻弄されて、自分の頭で考え、心で感じることが止めていないか?
私にとって幸せとはなんだろう?
と考えさせられるスピーチでした。




