介護では、利用者さんが不快に感じることや、心配に思うことを取り除いていくことも大切なのだと思っています

 

ここでは、ふみさんの介護で少し難しかった点を書いてみたいと思います。

 

ふみさんの場合、耳が遠いことから起こる不安がありました。

 

ある日、寝る準備が終わったふみさんにベッドに横になってもらい、私はキッチンを片付け、介護ノートをまとめ、帰る準備をしていました。

 

すると、ベッドルームからふみさんが大きな声で何か言っています。

 

「帰るならキッチンの電気を切って帰って!」

 

と言っています。

 

「わかりました。大丈夫ですよ、ちゃんと切って帰りますよ」

 

そう言いましたが、ふみさんは顔をしかめて、

 

「え?! 何?」と言います。

 

私は「あっ」と思いました。

 

ベッドに寝る時に補聴器を外すので、ふみさんには私の返事が聞こえなかったんです。

 

「大丈夫、消して帰りますよ」

 

と身振り手振りを交えて言うと、

 

「OK」と言います。

 

ですが、キッチンに戻ると、また叫んでいます。

 

聞こえないことが、ふみさんを余計に不安にさせていたのかもしれません。

 

ベッドルームには、廊下の向こうにあるキッチンの明かりがわずかに届いています。

 

電気のつけっぱなしに厳しいふみさんは、私が忘れて帰ってしまうのではないかと、不安だったのでしょう。

 

仕方なく、繰り返す叫び声に大急ぎで用事を済ませ、電気を消して帰るしかありません。

 

電気を消して真っ暗にすることで、ようやくふみさんに安心してもらえました。

 

 

また、ふみさんは耳が遠いだけではなく、発音にもとても厳しい方でした。

 

ふみさんは野球が好きで、ドジャースファンでした。

 

私はちょっとした話題のつもりで、

 

「ドジャースは最近勝ってますか?」と聞きました。

 

「何?」

 

私はもう一度、同じ質問をします。

 

「ああ、Dodgers!日本人はどうしてドジャースっていうの?

Dodgers、『ド』じゃないのよ」

 

ふみさんの発音は、「ド」と「ダ」の間のような音でした。

 

私はそれ以来、ふみさんの前では「ドジャース」の発音を少し気をつけるようになりました。

 

 

昼間、テレビを見ていると、ふみさんは懐かしそうによく思い出話をします。

 

「主人が真面目で頭の良い人でね、事業を随分大きくしたのよ」

 

「まあ、いいですね〜」

 

「だからお金はあるの」

 

「子供達が食べ物を買ってきて冷蔵庫に入れて行くでしょう?

 

私のカードを渡してるから、あの子達にお金の負担をかけてないのよ」

 

「そうだったんですね」

 

「主人が頑張ってくれたからね」

 

ふみさんは誇らしそうに、でも少し寂しそうな声で言います。

 

ふみさんお一人では、とても大きすぎるこの家の中で、いつも聞こえていたのは、介護士の私と、ふみさんの話す声だけでした。