私の両親も80代に突入。

80歳を超え、年に数回しか会わないが(5月連休・お盆・正月)、両親の体力の低下を実感している私である。

特に、歩行。

 

近い将来、両親の介護の問題が私の身内(兄弟)に降りかかってくるのは、自然な流れだろう。

 

そんな私の状況下で、ある事件が起きた。

と言うより、今後もこの手の事件は、無くならないのではなかろうか?

 

本題だ。

福岡市西区の住宅で6月、冷蔵庫の中から夫婦の遺体が見つかった事件。

昨日の報道では、父(88歳)と母(87歳)を殺害したのは、次男(59歳)だったようだ。

 

報道によると、次男は、殆ど介護をしていなかったのだろう。

元々、父が母の介護をしていたのだが、父が自転車で転倒し、その後、父自身も介護が必要になり、同居人の次男に父母の介護が回ってきた、という流れだろう。

 

殺害に手を加えた次男に対しては、介護疲れ、とは言い難い面があるが、ね。

 

但し、血のつながった親の介護を誰が見るのか、という問題は、誰にでも置き得ること。

この手の問題は、手を加えた被害者を責める気にはなれない私である。

 

最後に、この問題。

私は、人それぞれの死生観を尊重する社会を作り上げたら、少しでも解決していくのかな、と考えている。

人それぞれに、生きる権利があると共に、死ぬ権利が認められる社会が構築されるべきではないだろうか。

 

簡単に、困った時は、行政機関に助けを求めて、と言う行政関係者や議会関係者が殆どであるが、それは、生きたい・生かされる、のを前提とした対応であろう。

死を選びたい人への対応が欠けていないだろうか?

!!!