八木佳子ってどんな人?
宮崎市生まれ
父が転勤族だったので、人生で大まかに8回
(出生)宮崎市→宮崎県 串間市→宮崎県 西都市→鳥取県→熊本県 大津町→熊本県 熊本市→熊本県 人吉市→福岡市→宮崎市(今)
宮崎市内での引越し
ワーホリなどの細かいものを入れると
人生で15回位引越しをしています。
おかげさまで?
小学校4校、中学校2校に通いました。
転勤を言い渡されるたびに嫌だった子どもの頃。
自分が親になり、
やっと、転勤の時の両親の思いなどを
考えられるようになりました。
高校から宮崎市に落ち着き
楽しく、高校→短大生活を満喫
短大は一応英語科、教職課程でしたが
勉強した記憶がありません。
当時は後に、
英語漬けそして教育業界へ
入るとは考えもせず。
あのとき、勉強していればーと
後悔するとは露知らず…。
新卒で、自動車会社の営業職へ。
1年期間限定で事務職もし
とある転機で
違う自動車会社の営業職へ転職。
その後、
人生どん底期がやってきて
宮崎にいたくない
そんな理由から
派遣などの職を2〜3つ掛け持ちして
必死でお金を貯めて
2004年、ワーホリでオーストラリアへ。
パースにインして、
下回りでぐるっとラウンド。
10ヶ月、生活、旅を楽しんで帰国しました。
帰国後は、オーストラリアにいるときから
やりたかった児童英語講師の職へ。
約8年間、幼児教室の英語講師をしていました。
(通常の幼児コース講師も)
ここで、
発達障害についても学ぶ機会があり
放送大学、心理コースへ入学。
心理学、発達障害、特別支援教育などを学ぶ。
長男の出産予定日、
2週間前まで働いていて
さぁ、あと2週間、
マタニティライフを楽しむぞ!
と思っていたら
退職日の2日後に出産。
思いがけず、母業がスタートしました。
マザーズコーチングスクールは
まだ、第一子の長男が
言葉もそんなに発さない
1歳半位の頃に受講。
そのときは、
前職との関係性もあるし、
今後の自分の生活&仕事に役立てば
くらいの気楽な気持ちでした。
そして、
あっという間に、第二子長女出産
二人育児スタート
長男は話し出して自我も出るし
意思表示もあるし
イヤイヤ期もあるし
平日は、ほぼワンオペ育児
【子育てってこんなに辛いのー!!!】
な暗黒期に入ります。
この暗黒期に救われたのが
マザーズコーチングでした。
さらにコーチングを深めたい、
大切な人を大切にできる人になりたい
そんな思いから
トラストコーチングスクール認定コーチ
となりました。
長男3歳、長女1歳位から
自宅にて子ども英語レッスンをスタート。
子どもたちに
毎回エネルギーをもらいながら
私も一緒に成長させてもらいながら
保護者の皆さんには
我が子の病気で急なお休みがある中
温かく見守って頂き、今があります。
これまでを振り返ると
人生どん底期
子育て暗黒期
両親の他界を見送ったこと
など、その都度
周りの人達とのコミュニケーション
自分とのコミュニケーションで
今の私があり、
過去のひとつひとつを選択した私がいます。
だからこそ、
自分、そして自分の周りの
大切な人を大切に応援できる
コミュニケーションを学ぶこと
を伝えていきたい!
その想いがあります。
英語に関しては
【英語が日常に】
習っていることや知っていることが
特別ではなく普通であること。
自分の日常の中に
日本語があるように英語もあること。
そして英語を
自分が、知りたい&見たい世界を知り、
視野、可能性を広げるツールとして
役立ててほしい
その土台のお手伝いができればと
思っています。