卵巣嚢腫の漢方薬 | 松山市はなみずき通り近くの漢方専門薬局・針灸院 春日漢方

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卵巣嚢腫の漢方薬

 

 卵巣嚢腫という病名の患者さんを幾人か診て、漢方的にはいくつかののタイプがあるようです。

 

 卵巣嚢腫という病気は、卵巣の内部に多くは水分が貯まって腫れた状態になります。本来は2、3センチの卵巣が、5センチから時に20センチ以上にもなります。
 小さなあいだは何の自覚症状もありませんが、大きくなると下腹が張って苦しく、また下腹がポッコリ出てきて、スカートがきつくなって気がつくこともあります。
 また生理痛がひどくなったり、卵巣の付け根がねじれて強い痛みを起こすこともあります。
 また多くの患者さんで便秘と頻尿も起こります。

 

 うちに来られる患者さんは、病院で手術を勧められる前の、5センチ程度の大きさしかありませんが、卵巣の大きさ以上に下腹はポッコリ出てくるし、膀胱や直腸を圧迫するほどの大きさではないのに、頻尿や便秘になっています。
 またどの方も、大きさは大小ありますが、ほとんどは子宮筋腫もお持ちです。

 

 漢方的な見立てでは、卵巣嚢腫の患者さんは、「肝の熱」をメインとした体質の方と、「瘀血」を中心とした体質の方と、2つのタイプがあるようです。

 

 もとより「瘀血」と「肝熱」は無関係なものではありません。

 

 まず「肝熱」の状態は、風邪をこじらせた状態と同じです。身体が熱ばんで重だるく、口が乾いて苦く、食欲が無くなります。だるいのに頭痛や肩こり、イライラして眠れない。
 また女性なら、生理と風邪が重なって、風邪をこじらせた経験がないでしょうか。これは風邪の熱が内部の「肝・胆系」に入り込んで「肝熱」となった状態です。

 

 漢方薬なら「柴胡剤」で「肝胆」の熱を抜き出して治しますが、それを解熱薬や抗生剤を使って無理に抑えこむと、「肝・胆系」に古びた熱気が停滞します。


 体質的に小さいときから、風邪をこじらせては扁桃腺、中耳炎、蓄膿などの熱病をくり返す人がいます。そういう人は、慢性的な「肝熱」体質になっており、思春期くらいで肝臓にストックしてある「血」に熱気が移って、「瘀血」体質に代わっています。

 

 また普段の暮しで、精神的なストレスを受け止めるのは、「肝・胆系」の働きだと漢方では考えます。言いたいことを言わないで我慢を重ねると、「肝・胆系」に無理がかかって慢性的な「肝熱」状態になります。肩こりや頭痛、胃もたれ、イライラや気ウツ、不眠症を訴えます。
 その状態がが長く続いて慢性化すると、同じように「瘀血」を作ります。

 

 「瘀血」は「肝熱」いがいにも、手術や交通事故、出産や流産などで内出血をすると、それが「瘀血」のもとにもなります。

 

 

       Ⅰ 「瘀血」体質の卵巣嚢腫

 

    50歳 女性 筋肉質 顔色は逆上せて青黒い

 

 この10年のあいだ、子宮筋腫が大きくなって、お腹が張って苦しい、生理痛がひどいなどの理由で、3度、手術を受けています。
 手術後に、腸が癒着して、またお腹を開けたりと、苦労しているので、もう筋腫の手術をしたくないと、来店されました。

 

 卵巣嚢腫もかなり大きい。そのせいか、下腹が張って、ゴロゴロしてしんどい。
 卵巣嚢腫のせいか、小便が近くて、少しずつしか出ない。
 大便は、2~3日に1回。硬め。
 いつも食欲あり。胃もたれや胸やけなど、胃腸の問題はない。
 口が渇いて、よく冷たい物を飲んでいる。
 足は冷たい。これは瘀血の人には多い。
 よく眠れている。 よく動いて元気なほう。
 がっちりした骨太・筋肉質の体格。

 いまも生理は順調に来ている。生理に血の塊が多い。
 筋腫の手術をする前は、卵巣嚢腫のせいか、生理の数日前にときにひどい腹痛があった。

 舌は大きく、暗赤色で、乾いている。

 

  <瘀血の診断では、腹症がいちばん大事なポイントになります。>

 

 

 これは小川新先生が記した、典型的な「桂枝茯苓丸」のお腹の図です。

 お臍の左下に押さえてきつく痛むポイントがあるのと、お臍の下を囲むように堅いしこりがあります。これが、瘀血の典型的なお腹の形です。
 桂枝茯苓丸・桃核承気丸など、ふつうに言う「瘀血剤」の適応症です。

 

 

 上腹部を診ると、肋骨の下から臍の横まで腹筋が堅く突っ張っています。とくに右側で目立ちます。堅いけれど、押さえて痛みはありません。
 これは「肝熱」が古びて、炎症はほとんど無くなって、瘀血として残った証拠です。池田師は「肝実瘀血」という言い方もしています。
 「柴胡」「枳実」「芍薬」でできた「四逆散」で、「肝実瘀血」をさばきます。

 

 

 下腹部の両脇、鼠径部の上側を押さえると、痛むのと、そこに横長いザクザクとしたしこりがあります。
 これは血を増やす「当帰」「地黄」と、血行をよくする「芍薬」「川芎」を合わせた「四物湯」が必要な腹症です。
 この「四物湯」の腹症は、広島の漢方医、小川新先生が見つけたものです。

 

 瘀血は血が乾いてこびり付いて、動かなくなったものです。これを開かなくなった扉にたとえると、いわゆる「瘀血剤」や「四逆散」は扉に手をかけてグイッと押し開ける力になる。
 それに対して「四物湯」は、錆びついた戸車やレールに油をさして、滑らかに扉が動くようにする働きがあります。「四物湯」が加わると、慢性的な「瘀血」の治療の進み方が違うと、小川先生は言われました。

 

 小川先生は長いあいだに精密な腹診を続けて、「瘀血剤」+「四逆散」+「四物湯」という慢性化した瘀血の治療処方にたどりつきました。
 その後、中国の漢方医学書の中で、瘀血治療のための同じような処方が記されているのを見つけました。中国の清朝末期、瘀血治療の研究をした王清任が著した『医林改錯』(1830年)にでてくる「血腑逐瘀湯」です。

 

 腹診の研究からたどりついた処方が、すでに200年ちかく前の中国の漢方研究者によって作られていたのに、小川先生は東洋医学の奥深さに驚かされたそうです。

 

 

 小川先生の作られた「桂枝茯苓丸」+「四逆散」+「四物湯」という処方を1週間分、飲んでもらいました。
 すると、下腹の張った感じが楽になった。
 また、朝の目覚めがすっきりした。また便通もスッキリ出る、と言われました。眠りが浅いとか、便秘とか聞いていませんでしたが、体調が上向いた感じがするのでしょう。
 下腹のゴロゴロが気にならなくなって、仕事をしていても積極的な気分でいられる、ということでした。

 同じ処方を続けて、2か月後に婦人科の検査がありましたが、卵巣嚢腫の大きさも少し小さくなって、子宮筋腫も大きくなっていない、ということでした。

 

 このまま、閉経までは同じ処方を続けようと言われています。

 

       

        Ⅱ、「肝熱」タイプの卵巣嚢腫

 

 子宮や卵巣の病気は、まず「瘀血」と考えていましたが、「瘀血」が主になる手前の「肝・胆」の熱が主な病態の方もあるようです。

 

      40歳 女性 がっちりした体形。声が大きい方

 

 卵巣嚢腫があるので、下腹がぼてぼてと張って苦しい。また嚢腫の大きさ以上に、下腹がポッコリ出てきている。
 
 便秘して、センナやマグネシウムなどを服用している。少し便秘してもお腹が張って苦しい。
 小便は回数ばかり多くて、少しずつしか出ない。
 口が乾いて、よく冷たい物を飲んでいる。
 お腹も空かないし、美味しいと思わないが、よく食べている。

 

 「瘀血」も血の熱気が慢性化して、血が乾いて出来たものだから、内部に熱気の停滞があるのは、「肝熱」と同じです。
 体内に熱が多く、血が乾いているから、腸内も乾いて便秘します。
 同じ理由で、口も渇きます。
 子宮の熱気が膀胱に移れば、頻尿にもなります。

 

 しかし、これは「瘀血」だけでは説明しきれないと思ったのが、睡眠の状態を聞いてからです。

 

 寝つきも悪いし、夜中に何度も醒めるし、夢ばかり見て寝た気がしない。
 「瘀血」の人も「気ウツ」になって寝にくいことがありますが、夜中に何度も醒めて、一晩中 、寝た気がしないというのは、「胆のう」に熱気が詰まったときの症状です。


 「胆のう」は身体の表面と、内臓など身体の内部との境界に位置します。そこに熱が入ると、熱気が外に出たり、内に引っこんだりします。

 人が寝入るときには、身体の外部をめぐって意識を働かせていた「陽気」が、身体の内部の臓腑に戻ってこないと寝られません。しかし「胆のう」に停滞した熱気のせいで、「陽気」は夜になっても、中に入れず、内と外を出たり入ったりりします。
 まったく眠れないわけではありません。陽気が内に入ったときには眠れますが、ぐっすり眠る前に陽気が外に出れば、また醒めてしまいます。

 眠りが浅い、夢ばかり見てぐっすり眠れない・何度も目が覚める。これが「肝熱」の不眠症の特徴です。

 

 

 ここには典型的な「肝熱」証のお腹として、「小柴胡湯」の腹症図をあげておきます。

 

 お腹を押さえてみると、右の肋骨の下あたりは、押さえてひどく苦しそうです。
 肋骨の上・下にはぼってりとした浮腫みがあります。
 この痛みと浮腫みは、はまだ新しい「肝熱」の停滞を示しています。

 

 逆に、「瘀血」の診断のポイントとなるお臍の左下あたりは、押さえれば少しは痛い、という程度。またお臍の下部の瘀血のしこりなどが、あまりはっきりしていない。

 下腹は、「瘀血」の硬さよりも、だぶだぶして水の停滞のほうが目立ちます。

 

 次に舌を診せてもらうと、小さく乾いて、赤くケバだった感じ。これは「肝熱」の様子を示しています。「瘀血」の舌は、赤味よりは血が停滞して青っぽく、ケバ立つような乾燥はない。

 

 睡眠のようす、お腹、舌の様子から、「瘀血」を主体にするより、「肝熱」のための症状だろうと、見立てがつきました。
 「肝熱」の治療の処方は、「柴胡」+「黄芩」の組み合わせになります。主だったもので5種類あります。

 その中で、便秘と小便の出が悪いのと、両方の条件を兼ねているのは、「柴胡加龍骨牡蠣湯」だけです。

 

 ふつうに考えると、小便の出が悪いと、水分は体内に余るので、お通じは緩めになるはずです。逆に、便秘気味の人は、小便は量と回数が多くなるでしょう。


 それが大・小便ともに出が悪いというのは、ちょいとひねくれた体調になっています。

 漢方的には「腎」が弱って、水分を巡らせないのと、「腸」の動きも悪くもなって便秘になっています。「龍骨」と「牡蠣」が「腎」の働きをよくして、水分を巡らして両方の出をよくします。

 

 

 この「柴胡加龍骨牡蠣湯」を1週間、飲んでいただくと、数日でお通じがよくなって、小便がまとまって出るようになった。また、夜もあまり目が覚めなくなった。
 便秘と頻尿、不眠が、まとめて一度に良くなるお薬なんてと、感心されました。
 しかし、下腹の張りは、少しは良くなったかなというくらい。

 

 同じ処方を続けて服用して、1か月後、婦人科で卵巣の検査をすると、大きさは2か月前と変わっていないので、そのまま様子を見て、3か月後にまた検査しましょうということでした。

 

 仕事のせいで腰が痛くなったり、また更年期なのか、目まいや逆上せが出たりするので、それらの症状に合わせて、お薬を加減すれば、もっと快適に仕事も続けられるだろうと思います。

 

 

 腹症図は、小川新・池田政一 著  『古今腹症新覧』 より

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