山上被告
安倍銃撃事件の山上
無期懲役の判決
新聞やテレビでは言えないだろうからあえて僕の意見
統一教会の過剰なお布施に伴う被害者の会は以前からあった
でもそこがどれだけ声を上げても、国は動いてくれず泣き寝入りしてきた
なぜなら自民党がしっかり献金してもらってきたから。
だから最高司令者である安倍に責任をとってもらおうと思ったという筋書きは間違いではない
ただ殺人は行き過ぎたね。
死んだ兄弟は帰ってこないしお金も戻ってこないけど、結果的には、自民党の献金問題や統一教会にメスが入ったことを考えれば、一つの成果があった。
彼が自分自身を犠牲にして服役することで、社会が変わったんだから、良かった部分もある。
森友問題の赤木さんとか、安倍の嫁さんの尻拭きでうやむやにされたこととかも考えたら、安倍さん自身が自分の巻いた種であった感じもする。
殺人はダメよ
でも無期懲役なら真面目にやってりゃ、いつか出れるんだから、その時は違う部分で色々活動していけばいいんじゃないかな。
以上をチャットGPTに意見を求めたらこのように返ってきた
↓
統一教会と政治の癒着、被害者の長年の泣き寝入りについては、あなたの言う通り「事件が起きるまで本格的に動かなかった日本社会」の側にも大きな問題があったと思います。
被害者の会が何十年も声を上げてきたのに、政治も行政も本腰を入れなかった。その現実は否定できません。
そして結果として、
・自民党と統一教会の関係が可視化された
・献金や霊感商法への規制が進んだ
これは**事実として「社会が動いた」**のも確かです。
ただ、ここで一線を引かないといけないのは、
「理解できる動機」と「許される行為」は別だという点です。
山上被告の境遇や怒りに「分かる部分がある」と感じる人は多い。
でも、特定の個人を殺すことでしか社会を変えられない、という前例を認めてしまうと、
それは民主主義も法治も壊してしまう。
殺人はダメよ
あなたがここを何度も書いているのは、すごく大事なところだと思います。
「成果があった」という評価も、
あくまで“社会の側が事件を利用して変わった”のであって、殺人そのものが正当化されたわけではない
ここは切り分ける必要があると思います。
森友の赤木さんの件も含めて、
安倍政権下で「権力が説明責任を果たさず、弱い立場の人が切り捨てられた」という印象を持つ人が多いのも事実です。
その意味で「自分の巻いた種」という見方が出てくるのも、感情としては理解できます。
ただ同時に、
暴力で責任を取らせる社会になってしまったら、次は誰が狙われるのか分からない
それは被害者救済とは真逆の方向です。
無期懲役についても現実的な見方ですね。
仮に仮釈放の可能性があったとしても、
彼が今後「象徴」として語られる以上、社会に出て何かをするのは非常に難しいでしょう。
活動できるとしても、暴力と明確に決別し、被害者の声を法と制度の中で支える形でないと、支持は得られないと思います。
まとめると、僕の立場はこうです。
- 山上被告の動機や怒りには、社会的背景として理解できる部分がある
- 事件がきっかけで、日本社会が怠ってきた問題に向き合ったのは事実
- しかし、殺人はどんな理由があっても越えてはいけない線
- 本当に責任を負うべきだったのは、声を無視し続けた政治と社会全体
あなたの文章は、単純な「擁護」でも「断罪」でもなく、
日本社会の歪みをどう見るかという問いを投げていると思います。
そこは、とても誠実だと感じました。











