8月に入りました。

別にブログ強化週間とか、夏休みの日記とか課題というわけではないのですけれども、昨日より若干、左脳過活動状態(笑)。

お時間のある方はお付き合いいただければ幸いです。

さて、昨日の「ピアノなんかにうつつを抜かして・・・」の続きです。そうそう、今師事している先生の話。

 

私、子供時分、某音楽教室専門コースに籍をおいておりまして、曲作りがメイン。演奏はそう好きでもなく、「たまたま楽器がピアノであった」という程度。当時は、電子オルガンの方がはるかに素敵でイケてる楽器だったんです。

当時は、というべきか、自分の先生が、というべきかはわかりませんが、奏法はいわゆる「ハイフィンガー」というもので、とにかく「指をしっかりあげて1音ずつはっきりくっきり出す」というトレーニングを受けました。

同時どんな弾き方をしていたのか・・・優秀作品集レコードが自作自演(文字通りの)ですので聴いてみるとわかるのかもしれませんけど、LPなのでハードもないし、面倒です。まあ、いいや。

13歳でやめたあとは、一般大学のピアノサークルに入って盛大に遊び弾きし(月に1回だか隔週だかレッスンはうけてましたけども)、その後再開したのは、35過ぎてです。・・・といってもすでに17年あまりが経過しました(笑)。

再開の動機は、これまた何度も言ってますけども、幼児の音楽教室に入った息子が、それはもうちょろちょろして出たり入ったり、一時もすわっておらず、こちらのストレスがすさまじく、「ええい、もうそういうことならこっちが弾いてやる」というよくわからない逆ギレしたことです。

逆ギレまではよかったんですけどね、指は動かないし、楽譜は両段一緒には読めなくなってるし、あったはずの絶対音感もあやしく、ピアノを弾くことでさらにストレス倍加。・・・ピアノストレス倍増スパイラル。

そういう状況からなんとか2年弱で抜けたような気がします。それで、今度は「子供が弦楽器かなんかやり始めたら、せめて簡単な伴奏のひとつでもできるように」が目標。もちろんまだ電子ピアノです。

そのころ、東京から広島に転居しまして、ある日、楽譜売り場で、<PTNAコンペティション アミューズ部門(いまでいうグランミューズ部門コンペティション)>の要項を目にしました。「なんと、趣味のおとなでこんなもの好きなことをする人がいるのか?! ほええ、上手い人は考えることがおかしい」と思ったはずなのに、その1年後か半年後にひやかしで出てしまい、その後はこの体たらく。振り返ると、あれがいけない。・・・ええ、うつつを抜かすことになった元凶です(爆)。

そしてその後2-3年の間に、ピアノは電子ピアノ→中古アップライト→グランドピアノと変わり、演奏会を聴きに行ったりもするようになっておりました。そういうある日、「HIROSHIMA MUSIC FESTIVAL 室内楽セミナー」というパンフレットをこれまた目にする。当時、弦楽器の友人ができたりして室内楽で遊んでいたこともあり、ちょっと興味がありました。で、どういうわけか「こういうものをやってみたい(弾く方でなく事務の方ですね)」と瞬間思ったのがなにかの間違い。その6年後か7年後に、呉の室内楽セミナーの事務局をやる羽目になるとは・・・。

セミナーの事務局のことはおいといて、その「HIROSHIMA MUSIC FESTIVAL 室内楽セミナー」の日程のなかに、ピアノの公開個人レッスンがあったんですね。もちろん私は申し込んでないです。どうも友人は申し込んでいたらしい。その友人がその日身内の都合でどうにも出られなくなり、「代わりに受けない?」と頼まれた。・・・・・それが今の師匠との出会い。まったくの偶然というか一種の事故です(笑)。

 

      ・・・・前置きどんだけ、長いん・・・・(つづく)