一昨日のコンサート以来、たくさんの方からメールやコメントをお寄せいただきほんとにありがとうございます。
なかでも、同年代の皆様より「刺激を受けました」というメッセージを多々いただきました。
やはり年齢や境遇が近いというのは、他人事ではなく、どこか「ほっとけない」感じになるんですよね(笑)。
私、基本的にプロの演奏家については、「別世界の人」というとらえ方なので(ただ、あまりにもあちら側にしてしまうと、自分自身の向上につながらないので程度問題ですけれども)、いくら素晴らしくても、そうそう驚かないのですが、
それ専業でない・・ということになると、なんとなく自分に寄せて考え、衝撃を受けてしまうところがあります。
ピアノを再開してから15年の間で一番ショックだったのは、11年前にK氏の演奏をすぐそばで聴いたことでした(というより、同じ催しに出演しました)。
今にしてみれば、その後、特級のグランプリをとられた方なので、すでに別世界の方であったわけなんですが、その当時はまだ、アマチュア部門にも出てらして、自分自身の年も近いし、どうも子供も似たような年だし、で、なんとなくこちら側の方のような気がしてたんですね。
でも、演奏はもう一音聴いただけで、打ちのめされました。
これがピアノの音なら、自分のはゴミ溜めのなにかだ・・と。
正直いうと、その後やめようと思ったわけです。
赤ん坊抱えて、趣味でヘロヘロ弾いてる状態で、やめるもなにも、今にしてみれば笑っちゃうような思い上がりですけど、当時はそれなりに真剣でした。
でも、そうやって子供の頃にもやめてしまった経緯があるので(親は大変喜んでましたが)、
「ここでやめるということは、なにか意味があるだろうか? <やめる>ということは<やってる>人の言い分であり、まだなにもやってないのに、やめるはなかろう」と思い直したわけです。
・・・というわけで今に至ります。
もちろん、家庭の状況や年齢その他により、やれることと、やれないことはありますが、「置かれた状況の中で、やれることは全力でやる」というのは、20代からの自分の方針なので、なんとかくじけずにやっていきたいと思います。
と以上、自分自身も励ましてみてます(笑)。
