鹿児島市のバスはなかなかのインパクト。

左側の電柱そばあたりのバス(市内をめぐります)には、西郷さんが描いてあります。

拡大するとこんな感じ↓

もうひとつは水族館行き↓

そしてこれはごくごく普通の路線バス↓

今日は降灰がすごくて、コンタクトレンズで外に出たところ瞬殺でした(泣)。

歩道隅で立ったまま、コンタクト外してメガネに交換。実に危ない行為ですが、痛くてやってられない。

タクシーの運転士さんも「今日は、へがひどかなあ~」と言ってました。

病院でお話した某おばあさま、「昔の灰は黒かったんだけど、今は白いから、積もっててもあまりわからん。」

・・・う~ん、そういわれてみればそんなような気もしますけど。黒くてもっと粒の大きいのが降ってたような記憶もあります。

 

前出のタクシーの運転士さんと、人が亡くなったら残されたものがどれだけ大変かという話になり、運転士さん、

「うちん親がけ死んだとっは、(口座が凍結されて)銀行から出せんじ、香典でも足らんごあった。アッバッタ(四苦八苦した)ど~、まこて。

うちはまたキョデ(兄弟)がうかで(多いから)、『おいが前で(香典)袋を開けんかった』ち、ガンタ(←これはあまり使ったことがないです・・・どういう意味だろう?)を言うとがおいし(いるし)。

そうぞっ(相続)は裁判で3年かかったど~。死んだもんはないもしらんが、子どん(子供)は親の面倒を見たうえ、ヒデ目遭いかたよ(ひどい目に遭うわけよ)」

これを早口でまくしたてられ、ひさしぶりにマシンガンのように鹿児島弁を浴びましたよ。

もちろん、いきなりこの調子で話しかけられたわけではなく、私が

「今日は、灰がひどくて、コンタクトが痛くて・・・・いけんもしやならんかったですが」といったとたんにスイッチが入っちゃったんですね。

<いけんもしやならんかった>は、<いけんも・しや・ならんかった>で、つまり「どうすることもできなかった」です。・・・・・これは初級(笑)。