5月26日にいただいたお花もだんだん枯れてまいりまして、残るは鉢植えのものくらいになりました。

娘が、

「いっぺんにもらったお花って、いっぺんにダメになるねえ。毎日コンサートやればいいいのに・・・・」と。

・・・・・毎日って・・・・いったいどこの売れっ子ですか(汗)。

「毎日じゃなくても毎週やればいいのに~」

・・・・・花をキープするために?だいたい毎週やってもお客さんが続きません(笑)。

どっちにしろ、家族から文句言われるよりはマシなので、気持ちだけはありがたく受け取らせていただきます。

 

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さて、コンペシーズンで思い出したのですが、

私が子どものころ受けたコンクールは一種類。九州の某新聞社主催のものでした。

課題曲が夏休み前に発表され、夏休み中練習して、たしか秋が本番だったように記憶しています。

小学校の4~6年と、中学1年と受けましたが、

<小学生の部>に関しては、

第1次予選課題曲:ツェルニー30番から、第2次予選:バッハインヴェンションから、本選:自由曲、

<中学生の部>が

第1次予選:ツェルニー40番から、第2次予選:バッハシンフォニアから、本選:自由曲

でした。 

さらに(記憶が正しければ)ですが、1次予選も2次予選も複数(3曲だったと思います)のうちから、当日各自クジで1曲が指定されてました。

あの商店街の福引でやる「ガラガラ~」というのを一人ずつ回して、赤・白・黄のどの球が出てくるかで曲が決まるわけです。

3曲のなかにはもちろん得意不得意がありますので、「赤当たれ~」と念じていたのに、黄色が出たりするとそれだけでかなりのダメージでした。

考えてみればヒドいコンクールだ(泣)。もちろん演奏順も当日にならないとわかりませんでした。

当時の私は、「だいたい曲になっていれば」満足していて、細かい練習をするという意味がわからなかったので(当然音色がどうこうなどということは考えたこともなければ、実は言われた記憶も残ってない・・・・・・いや、注意は受けてたとは思うのですが)、

よほどのミスをかまさない限り、たとえ落ちてもどうしてダメだったのかわからず(汗)。

正直「演奏」というものにはあまり興味がなくて、関心はもっぱら「どんな曲か」。なので弾き手によってどう違うか聴き比べるなどという高度な耳は持ち合わせてませんでした。(ちなみにほぼ毎年、作曲部門もダブル受験してまして、こっちはまあそれなりの成績でした)

ピアノはやめるべくしてやめたと思いますし、続けてもたぶん苦痛だったろうな、と思います。

加えて当時、うちにも習っていた先生にも「習いごとをそのまま趣味として継続する」 という発想はありませんでしたので、やめるとなったら、「一切」ですね。

ピアノはとりあえずそのままうちにありましたけど、たまにピアノを弾いていても親にはいい顔されませんし、

高校の合唱の伴奏を頼まれた時も、受けたら叱られそうでしぶってました。そしたら、音楽の先生が親に電話で直談判してましたが・・・(汗)。 

男の子なんかはもっと大変でしたね。ある年齢までは「コンクールで女に負けるな、頑張れ」みたいにおうちの人に言われていても、

中学くらいになると、どんなに才能があって先生が引き留めても、「音楽なぞやらせるわけにはいきませんっ!!」とお父さんに猛反対されて断念というケースも身近でありました。

まあ、文学に進むというのも、男の子にとってはまだまだ抵抗の大きい時代でしたが。

 

話が脱線してしまいましたが、・・・・えっとなにが言いたかったんでしたっけ?

自分が子どものころは、ピアノ演奏の面白さもわからなかったし、練習も言われるがままで、つまんなかった・・・ということになりますか(汗)。

そういうものが「面白い」と思い始めたのは、たぶん35過ぎてから(笑)。

う~ん、いろいろと早熟傾向があったと自分では思ってるんですが、そうでもないですねえ。

あんなこともこんなことも経験しないと、わからなかったということか・・・・・orz