今日は、おかげさまでひとつ年をとらせていただきました。

不肖年女、まだまだ余裕で40代(笑)。

べつに具合の悪いところもないですし、疲れやすいとか更年期とかはまだ自覚ないですけど、

たまには「人生終えるときはこんな感じにしたいなあ」などと考えることも出てまいりました。

そのせいなのかなんなのか・・・・以下、2~3日前に見た夢。

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(どんな場面だったかさだかではありませんが)なぜか指揮者のO野氏(文化功労者、グラミー賞等)がパラパラっとピアノを弾いておられました。どうもバッハのようなんですね。・・・どの曲ははっきりわからないのですが、三声のフーガ。

よく見てみると、なんと左手だけで弾いておられるんです、三声を(驚)。なのにとてもよく声部がわかる。なんでよくわかるんだろう?と思って耳をすませてみると、フレーズの終わりが一声一声非常にクリアなんです。フレーズの立ち上がりの方は何気なくスッと始まるのですが、終わりには表情と意志がある。

そうなのか~!声部を弾き分けるときに、始まりの音をクリアにすることにばかり気をつけてきたけれど、終わりがはっきりすれば、次の入りもわかるものだし、終わりの音から逆に考えてそれ以前の音を決めるということもあるのか・・・・

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・・・・というところで目が覚めました。

実際演奏するときは、そう簡単にいくものでもないですけど、なんだか、演奏や音楽だけでなくて、生活面でもヒントをいただいたような気がしました。逆算の発想とでもいいましょうか。

今弾いている曲で、バッハではないのですけど、多声の扱いがどうにもうまくいかないものがあって、まずはメロディー(これが最初から内声にあるわけです)の最初の音がどうにも決まらない。

ならば・・・・と、あるフレーズの終わりと、次のフレーズの関係から先にみていったんですね。で、ずーっと逆算していって、最初の音にたどりつきました。

・・・・・なんだか決まったような気がする(笑)。

まっさらなところに気合いれての一撃、じゃなくて一音もありですけど(たぶんこれまではこればっかり・・汗)、

回想するように始まる音もありですね。だとすると、曲が始まる前自分のなかに、終わりの音の余韻が存在している場合もあるかもしれません。

 

・・・なんだかちょっと大人になれたような気がする(笑)。