「耳が良い」というのはどういうことなのか・・・って考えることがあります。

広い意味でいうと、

レストランで隣席のつぶやき声を聞き取った・・・・、とか

金庫のダイアル式カギの合うところがわかった(それって何の役の立つのか?)・・・・、とか

虫の鳴き声が何種類も聴き分けられる・・・・・・、とか

いろいろあると思うんですけど、そういうことではなくて、

「音楽をやっていて<耳が良い>」とはなんなんだ?ということです。

正直、そんな難題、私になんかわかるもんじゃありません(笑)。

相対音感があればいいのか、絶対音感があればいいのか、きれいな音や汚い音がわかればいいのか、・・・・・う~ん。

なんでそんなことを考えたかといいますと、

私自身が、非常にアバウトな耳の持ち主だからです(汗)。

たぶん「ピアノ」での単音はだいたい聴き取れます。重音、和音もある程度はわかると思います。

それなりの時間楽器を触ったり聴いたりしているので、おそらくどういう音がきれいなのか、汚いのか・・もだいたいわかると思います。

ですが、人の声になるとまるっきりといっていいほど音程がわかりません。たぶんアカペラだったら(それがきちんとした音程で歌われていたとしても)、楽譜には書けないんじゃないでしょうか?

かろうじて歌をききとっているのは、それに伴奏があって、伴奏の音でおよそがわかるからです。

なので、「視唱」ということはできても、「聴唱」をやらせたら、ほぼオンチです。楽譜が頭に浮かばないと、音の高さがわからないということになります。

その程度の耳なので、ブランクが10数年あったのちにピアノを再開したところ、「どの音もド」まではいかないとしても、「どれもハ長調」くらいのレベルしか聴き取れなくなっていたんじゃないかと思います。

結局、教育やトレーニングによって、かろうじて保たれていた耳なんでしょう。

 

さて、楽器が違うから・・・と言ってしまえばそれまでですけど、

弦楽器の音程も私にはよくわかりません。

名手の音程は問題ないのでなんともないですけど、そうでない場合、ピタッとハマってない音程の場合、

それがいったい低いのか高いのか、聴けば聴くほどわからなくなります。

基本的にキマッていてある音だけが低いとか高いならわかりますが、たとえば「ドレミファソラシド」とぱっとスケールを聴いたときに、

最初のドからして低いのか、ドは大丈夫でミとラだけが低い(あるいは高い)のか、そうなるともうなにがなんだか・・・です。

これもある程度慣れなんでしょうけど。

今日娘のヴァイオリンのレッスンで、先生が短六度の微妙にずれた音程をいくつか弾かれて、

「これくらいはいいけど、これくらいになると外れてるとかわかる??」と質問されるわけです。

娘は、「あ、下が低すぎる」とか「それはヘンすぎ」とか言って笑ってるんですけど(自分が弾くと「ヘンすぎる音程」のオンパレードなのにもかかわらず)、

私には笑うほどはおかしくないわけです。まして、おかしいと思っても、上が変なのか下が変なのか瞬間にはわからない(汗)。

そうでなくても、モスキート音聴こえなくなってるお年頃なので、ヴァイオリンのような倍音のでる楽器の聴こえ方は若いころとはずいぶん違ってきているはず。

耳そのものが劣化してきているのはまあおいといて、

「多少狂ってても、仕方ないか」で年何回かの調律で弾いているような楽器を弾いているのと、

毎回チューニングして、ひとつひとつの音程を正確に求められる楽器を弾いているのとでは、やっぱり変わってくるのかなあ~と思ったりしました。

いや、ほんとに耳の良い方は、ピアノ弾きであっても、弦楽器の正確な音程がお分かりになると思うし、またやろうと思えば出されると思うのですけど。

 

私としては、これ以上の劣化をなんとか止める努力すると同時に、もうちょっと弦楽器音に慣れないといけないですね。