昨日から夏休みが始まりました。

子どもは休みでも、こちらは相変わらずなので、ふだんの生活+子どもの世話という状況。

今日も午前はピアノ、午後は学校のプール当番ということで、いきなり夏休みっぽいメニューの日となりました。

 

午前は私自身のレッスンがあり、近所まででかけました。先月の17日以来ですので、1か月と少し・・・というところでしょうか。

先月はドツボのさなかにみていただきましたので、それよりはマシでなければならず、・・・・いやマシであるはず(笑)。

とりあえず、ここひと月で試みたり考えたりしてきたことが、間違った方向ではなかったようだ、ということがわかってちょっとほっとしました。

私の非常に勝手でキケンな表現によると(笑)、「ベートーベンは角が立つのも芸のうち」ですが(たとえきつい音とか少々荒れ気味の音があったとしても、音楽が台無しというとこまではいかないんじゃないか・・・・という都合のいい言い訳)、

ショパンは、「角もミスもあってはならない」ですし、気持ちは「波の上を歩くがごとくしなやかに」(・・・あくまでも気持ちですけど)。

変な例で申し訳ないのですけど、たとえば<動く歩道>の上でバレエかなんかでジャンプしても、こけたりバランスを崩したりしない・・・というイメージなんですよ。ずっと何かが流れていて、その上に片足だろうがつま先だろうが、絶妙のバランスで着地できる・・・・という運動神経抜群の感じなんですが、これが自分にほど遠いのはわかっているし、気持ちはあるのに、それができず、逆にぎくしゃくしてしまって腹立たしい・・・というところをぐるぐるしております。

私の場合、ショパンというのは「上手になってから手を出す楽曲」として、子どものころはほぼ教育は受けず、数曲のワルツは中学に入るころに弾きましたけど、ピアノを辞めてしまったのちは自分勝手に、いわゆる「気持ちだけ」で手をだし、だんだん「気持ち」と「表現として出てきたもの」のギャップに嫌気がさし、ついには「絶対弾くまい」と思うほど遠ざけてきた作曲家です。

今回予選の講評にも「気持ちはよくわかりますが・・・・」とか、「気持ちが先行するのではなく・・・」とくどいほど書かれ(笑)、「ショパンなんだから、、ミスなく、体をやわらかくして、美しく弾きましょう!」と注意されました。

・・・・・そのとおりでございます。100%私と同じ意見(爆)。

わかってるならアドバイザーも先生もいらんじゃん・・・と言いたいところですけど、そういうもんでもなく。

とりあえず、自己評価と自己認識は間違ってないわけなので、そこからの手段を講じなければならないわけですけど、毎日毎週教わるわけでもないので、とにかく自分でいろんなことをとりあえず試みる。試みたことが、たまには逆方向暴走のこともないわけではないですけど(汗)。

 

話は変わりますが、私は「文末表現の豊かな演奏」が好きです。

文末といっても、国によって語順その他違うでしょうから、こういう乱暴なまとめ方はいけないのではないかと思うのですけど、

音楽でいうならば「フレーズの終わり方の豊かさ」とでもいいましょうか。

これで思い出すのは、昨年のエル・バシャのベートーベンの4番コンチェルトでありまして、全体にストイックな印象なのに、フレーズの終わりになんともいえない味があり、さらにそれをオーケストラに渡していくところが、この曲に関してこれ以上の演奏を今後聴くことがあるだろうか?・・・・と思うほどの絶妙さでした。

ずばり「文末表現」についていうと、日本語はとくにそういう言語なのかもしれませんが、文の終わり方は実に実に悩ましい。「・・・・・でした。・・・・でした。・・・・・でした。」にならないようにするには、どうすればいいのか・・・・・・。とくに子どものころは死にそうでした。

印象も文末にかかっていることが多く、たとえば、ふだん会って普通にしゃべると「・・・・なのよ~。・・・・・なんじゃない?・・・・そうよねえ~?」と表現する人が、

ひとたび書き言葉になると「・・・・・なのです。・・・・・なのではないでしょうか?・・・・・ですよね?」とどうかすると、押しつけがましい文章になる。

これは、その人の本性が出たと思うべきなのか、はたまた文末表現に乏しいのか、その両方なのか、時として非常に悩んでしまうのですけど、

いずれにしても、印象を左右することには変わりがありません。

「文末表現」ひとつで、一生論文のネタには困らないほどのジャンルだと思いますので、こんなところで、軽々しく書いてはいけないと思うのですけれど(汗)、気になっていることはたしかですし、演奏についてもけっこうそこへ耳がいきます。

 

・・・・・「しなやかな着地」「終わりの豊かなフレーズ」というわけで、やりたいこと、やるべきことを山のように自分で抱えているわけで、先が思いやられますけど、再開してから今で12年ということなので、干支がもう1周するくらいには、少しは思うこともできるようになるかもしれません(笑)。

 

「レッスンは練習の一里塚」じゃないですけど、こうやって考えをまとめ、さらに進めていく力をいただけるので、ほんとにありがたいです。

実際には、「このときは、指はこういう角度で」「ここは、背筋がどうなって、腰がこうなって」と、まるでスポーツの教室かのなにかのような時間が今回はほとんどだったのですけど、実際に書いてみると、こういう文章になっている・・・・これがまた不思議(笑)。