昨日午前はチェンバロのレッスンに行ってまいりました。
バッハとクープランの楽譜も買ったし、数字や装飾の勉強でやるべきこともわかってきたので、
たーくさん予習をしよう・・・・と思ったのですが、結局前日の駆け込み予習となってしまいました(汗)。
まずは先生にいただいたコピー楽譜のタイトルの意味から調べなければならず、
それを調べていたらならば、イギリスの古語だとか、スペインの歴史(レコンキスタやら大航海時代など)についても、ちょっとハマったりして、
え~ん、練習する時間ないじゃん(・・・というより前もってやっとけよ、ということなんですが)。
さて、今回からやることになったフランソア・クープランの「クラヴサン奏法」。
オークションで手に入れたという例の楽譜です。
この解説というか<概要><省察>が非常に「ええっ・・・」な文章だということは、以前チェンバロ初学者の方のブログを読んで知っておりましたけど、
実際読んでみまして、・・・・・いやもうびっくりしましたです。
とにかく「手はこう」「姿勢はこう」「足はこう」などなど細かく指示されているわけですが、ほんの一部を以下に写し書きしてみます。
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「クラヴサンに向かうとき、身体はほんの少し右に向け、ひざをあまりぴったりとつけすぎないように、また足は並べて置くが、右足は特に外側に向けて置くとよい。」
「顔をしかめることについては、スピネットやクラヴサンの譜面台の上に鏡を置くことによって、これを自分でなおすことができるものである。」
「演奏中に手首を高く上げすぎるような人がいるなら、わたくしが考え出した唯一の矯正法は、曲がりやすい短い棒を、欠陥のある手首の上と、同時にもう一方の手首の下に通すようにして、だれかに持ってもらうことである。・・・・・・」
「頭や身体、また足などで拍子をとらないようにした方がよい。クラヴサンの前では気楽な様子でいなければならない。何かを見詰めたり、また視線をぼんやりさせてしまうこともよくない。・・・・・」
「子供たちの指導での初歩の段階では、教える人のいない時には演奏させないようにした方がよい。幼い子供たちは注意力が散漫なので、教えられた型で手を構えることを、すぐに忘れてしまうものである。わたくし自身、子供たちが学び始めたばかりのころには、用心のために教えるのに使っている楽器に鍵を掛けておくことにしている。こうすれば、わたくしのいない間に、45分ほど最大の注意を払って教えたすべてを、一瞬の間にだめにしてしまうようなことはなくなるものである。」
「遅く習い始める人や、良くない指導を受けた人は、筋が硬くなっているだろうし、悪い習慣を持っているおそれがあるので、注意しなければならない。これらの人びとは、クラヴサンに向かう前に、自分で指を柔軟にするか、だれかに柔らかくしてもらわなければならない。つまり、あらゆる方向に自分で指を引っぱるか、だれかに引っぱってもらわねばならない。このことはなお気力を活気づけることになり、だれでも自由な感じを持つようになるものである。」
「子供たちには、かれらの手でいくつかの曲が演奏できるようになるまで、楽譜を教えてはならない。子供たちにとっては、楽譜を見ながら、指が乱れないようにしたり、型を崩さないようにしたりすることは、とてもできるものではない。装飾音さえも、そのために、損なわれることになろう。その上、記憶力というものは、暗譜で習うことによって、いっそう良く働くようになるものである。」
「ある程度の完璧さにまで到達したいと望む男性は、決して手で荒仕事してはならない。逆の理由で、女性の手は一般に、より好ましい。よい演奏には、筋の柔軟さが、力よりも貢献するところが大きいことは、すでに述べたことである。これは、女性と男性の手の差によってもはっきりとわかるし、さらに仕事で使われることの少ない男性の左手が、クラヴサンの演奏で、一般に非常に柔軟であることによって証拠だてられる。」
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これからは、
まずは弾く前に誰かに指を引っ張ってもらい、
お行儀よくすわって、鏡を見ながら、目は泳がず、
たまには手に矯正棒をあてて、拍子などはとらず、
ふだんは、荒仕事はいっさいしない、
・・・・・・さういふものにわたしはなりたい、と思いました。
