あるサイトで、「殿」と「様」について書かれており、
「殿は、同格目下に使うので、実際には使わないほうが無難」とありました。
以前、私もこちらで「殿というのは今は使わないのか?」といった内容で書いたことがあったように記憶していますが、たしかに今は見かけなくなりました。
そのことそのものは事実で問題のないことだと思うのですが、おもしろいのはコメント。
「会社の上司が非常識な人で『役職には殿をつけるものだ』といわれた」
「今でも、大臣や首長宛てなどの表書きは『殿』でないと通らない」
「常識すぎる。こんなことが記事になること自体、どうかしている」
「こんなことで迷うなんて日本人の日本語力も地に落ちた」
「今の今まで『殿』使ってました・・・(汗)」
あらゆるものがありました。
私は、最初のお仕事がもっぱら接客だったもので、こういう「ビジネスレター」についての教育はほぼ受けておりません(汗)。自分でも勉強しませんでしたし。
そのあとは編集やら秘書やらやりましたけど、それぞれの強固な前例にならってきただけで、それは「殿」もあれば「様」も「先生」も「教授」もありました。
編集者の時は、一般常識としてこうというわけではなく、「あの先生にはこう書かなくてはならない」というのが決まっていて、そのとおり言われたとおりにやってきました。
でも、私が仕事をしていたときは公的文書は「殿」がかなり普通に使われていて、「様」と書くと「・・・なんか私信みたい」と思った記憶があります。
「殿」「様」の使いわけについては、今は「使われたほうが不快に感じることが多いので『様』の方にする」ということでいいと思いますが、こういう「不快感」というものも絶対的なものではなくて、「時代劇を見てみなさい。『殿』は親が子どもに書いた手紙に使われてるから目下です」というのも、確固たる根拠にはならないだろうなあ、と思います。
というのは、「殿」「様」にそれぞれ「貴」がついた場合。
「貴殿」「貴様」となると、これは今では「貴殿」は相手の敬称として用いますけど、「貴様」は同格・目下でまず間違いないと思います。
もともとは「貴様」も「貴殿」同様の敬称だったようなのですが、どこかで(・・たぶん軍隊あたり・・)で変わってきたのではと思います。
「殿」についても軍隊では、もしかしたら目上に使われていたのではないのかなあ(あくまでも推測ですが)と思います。
そういう一時の「誤用」?みたいなものが払拭されてきているのだとしたらそれはそれでいい傾向だと思います。そうすると「貴様」もそのうち、目上への敬称に返り咲く日が来るかもしれません。
あと同じサイトのコメントでちょっと触れてあった「君」。
これについては私はよくわからないのですけど、
某番組で、生徒に見立てた出演者を、たとえその道の教授であっても「君」と呼んでいて、これは失礼ではないか・・という投書があったそうです。
しかし、「『君』というのは、敬意を含んだ語で失礼には当たらない」という意見もあり、なにより当の教授がそれを主張されたとか。
それに、この番組では番組の趣旨上、演出上、「君」でいいと私も思います。
しかしながら手元の辞書によると、「君」はこれこそ「(男性)が同輩・目下の者の名にそえて敬意を表す」とあり、いきなり初対面の人にしかも目下のものから「〇〇君」という呼ばれるのはよろしくない、というか現在では有り得ない感じがします。
ちなみに国会では「〇〇君」と呼ばれてますよね。
もとのもとに遡るともちろん「君子」「主君」「〇〇の君」に行き着いて、高貴な語ではあるのでしょうが、少なくとも今現在ではそこまで高位にはないようです。
私自身がいい加減な言語感覚だからなのかもしれませんが、どうもこういう事例に接したとき、
「こんなことを書くなんて非常識もいいとこだ」という思いは湧きません。
「そりゃ、語源はそうかもしれないけど(あるいは今はそうかもしれないけど)、ずっとそう使われてきたわけでないし」とつい思ってしまって、結局「どっちでもよくはないか?」と思ってしまいます(汗)。
よくあれれと思うのは「憮然」という言葉なんですが、これは新聞などを見てもだいたい「ムッとしている」とか「怒っている」ようなニュアンスが強いように思います。(実際、それにならされてきた私もそっちの感覚が先立ちます)
が、辞書的には「思い通りにならず、がっくりしたさま。なんとも仕様がなく、自失したさま、暗然」とあります。
そして、ある一定以上の年齢の方にとって「憮然」というのは「がっくり」以外のなにものでもなく、それこそ「どうしてこういう使い方をするのか・・・日本語も地に落ちた」的な反応があるかもしれません。
そういうわけで(限りなく言い訳っぽいですけど)、言葉は学校の試験や社会生活上はいちおう〇×ありますけど、調べれば調べるほどどうしていいのかわからなくなるのも事実。
学校で習う文法も、たくさんある文法学説の中のひとつ(学校文法?)でありますし、まずは学校で×をつけられたら、それこそ「憮然(??)」として、調べ上げてみるといいかもしれません。
だいたいどんな勉強も「そんなことあるか?!」というひとつの反抗から始まるわけだと思うので。
「殿は、同格目下に使うので、実際には使わないほうが無難」とありました。
以前、私もこちらで「殿というのは今は使わないのか?」といった内容で書いたことがあったように記憶していますが、たしかに今は見かけなくなりました。
そのことそのものは事実で問題のないことだと思うのですが、おもしろいのはコメント。
「会社の上司が非常識な人で『役職には殿をつけるものだ』といわれた」
「今でも、大臣や首長宛てなどの表書きは『殿』でないと通らない」
「常識すぎる。こんなことが記事になること自体、どうかしている」
「こんなことで迷うなんて日本人の日本語力も地に落ちた」
「今の今まで『殿』使ってました・・・(汗)」
あらゆるものがありました。
私は、最初のお仕事がもっぱら接客だったもので、こういう「ビジネスレター」についての教育はほぼ受けておりません(汗)。自分でも勉強しませんでしたし。
そのあとは編集やら秘書やらやりましたけど、それぞれの強固な前例にならってきただけで、それは「殿」もあれば「様」も「先生」も「教授」もありました。
編集者の時は、一般常識としてこうというわけではなく、「あの先生にはこう書かなくてはならない」というのが決まっていて、そのとおり言われたとおりにやってきました。
でも、私が仕事をしていたときは公的文書は「殿」がかなり普通に使われていて、「様」と書くと「・・・なんか私信みたい」と思った記憶があります。
「殿」「様」の使いわけについては、今は「使われたほうが不快に感じることが多いので『様』の方にする」ということでいいと思いますが、こういう「不快感」というものも絶対的なものではなくて、「時代劇を見てみなさい。『殿』は親が子どもに書いた手紙に使われてるから目下です」というのも、確固たる根拠にはならないだろうなあ、と思います。
というのは、「殿」「様」にそれぞれ「貴」がついた場合。
「貴殿」「貴様」となると、これは今では「貴殿」は相手の敬称として用いますけど、「貴様」は同格・目下でまず間違いないと思います。
もともとは「貴様」も「貴殿」同様の敬称だったようなのですが、どこかで(・・たぶん軍隊あたり・・)で変わってきたのではと思います。
「殿」についても軍隊では、もしかしたら目上に使われていたのではないのかなあ(あくまでも推測ですが)と思います。
そういう一時の「誤用」?みたいなものが払拭されてきているのだとしたらそれはそれでいい傾向だと思います。そうすると「貴様」もそのうち、目上への敬称に返り咲く日が来るかもしれません。
あと同じサイトのコメントでちょっと触れてあった「君」。
これについては私はよくわからないのですけど、
某番組で、生徒に見立てた出演者を、たとえその道の教授であっても「君」と呼んでいて、これは失礼ではないか・・という投書があったそうです。
しかし、「『君』というのは、敬意を含んだ語で失礼には当たらない」という意見もあり、なにより当の教授がそれを主張されたとか。
それに、この番組では番組の趣旨上、演出上、「君」でいいと私も思います。
しかしながら手元の辞書によると、「君」はこれこそ「(男性)が同輩・目下の者の名にそえて敬意を表す」とあり、いきなり初対面の人にしかも目下のものから「〇〇君」という呼ばれるのはよろしくない、というか現在では有り得ない感じがします。
ちなみに国会では「〇〇君」と呼ばれてますよね。
もとのもとに遡るともちろん「君子」「主君」「〇〇の君」に行き着いて、高貴な語ではあるのでしょうが、少なくとも今現在ではそこまで高位にはないようです。
私自身がいい加減な言語感覚だからなのかもしれませんが、どうもこういう事例に接したとき、
「こんなことを書くなんて非常識もいいとこだ」という思いは湧きません。
「そりゃ、語源はそうかもしれないけど(あるいは今はそうかもしれないけど)、ずっとそう使われてきたわけでないし」とつい思ってしまって、結局「どっちでもよくはないか?」と思ってしまいます(汗)。
よくあれれと思うのは「憮然」という言葉なんですが、これは新聞などを見てもだいたい「ムッとしている」とか「怒っている」ようなニュアンスが強いように思います。(実際、それにならされてきた私もそっちの感覚が先立ちます)
が、辞書的には「思い通りにならず、がっくりしたさま。なんとも仕様がなく、自失したさま、暗然」とあります。
そして、ある一定以上の年齢の方にとって「憮然」というのは「がっくり」以外のなにものでもなく、それこそ「どうしてこういう使い方をするのか・・・日本語も地に落ちた」的な反応があるかもしれません。
そういうわけで(限りなく言い訳っぽいですけど)、言葉は学校の試験や社会生活上はいちおう〇×ありますけど、調べれば調べるほどどうしていいのかわからなくなるのも事実。
学校で習う文法も、たくさんある文法学説の中のひとつ(学校文法?)でありますし、まずは学校で×をつけられたら、それこそ「憮然(??)」として、調べ上げてみるといいかもしれません。
だいたいどんな勉強も「そんなことあるか?!」というひとつの反抗から始まるわけだと思うので。
