11月2日号のAERAに大野和士氏の記事があったことについては、以前ちょっと書いたのですが、興味深い記事のなかにさらっとあった一文・・・・

<・・・英独伊語は学生のころに実地で身につけたが、フランス語やロシア語は40歳を超えてから。>

マエストロが英独伊仏を自由に話されるのは存じてましたけど、ロシア語も?
しかも仏と露は40歳以降と!(現在49歳でいらっしゃいます)。
オペラの指揮者でいらっしゃるのですから、いろいろな国の言葉が必要なのはわかるのですけど、やっぱりこれは凄いことだと思います。

私が既に捨てかけているものの筆頭は語学で、これは女捨てるのとどっちかといわれるとどうでしょうねえ・・と言いたくなるくらいなんですけど、もともと好きでもないし、今はまったくと言って必要ないんですよね。
音楽用語としては、ドイツ語とイタリア語を楽譜上で日常的に見ているでしょうけど、これはまあ交通標識に近い認識で(運転しない私は交通標識のほうにより疎いですけど)、語学とはほぼ関係ありません。
なので、マエストロのようにたくさんの言語を操れる方は畏敬の対象であるのはもちろんなのですけど、もっとびっくりなのは、仕事上もなにも必要ないのに一人で勉強を進めておられる方々。「好きだから」といわれればそれまでなんですけど、でも人間、必要に迫られないことを毎日毎日継続できるものではないと思います。
たとえていうと「誰にも会わない生活をしているのに、毎日毎日きちんとお化粧しておしゃれしている」偉さというか。・・・ちょっと違いますかねえ?
私にとっては双方同じレベルで尊敬の対象なのですが。


それでも若い頃は、仕事上必要だったことと「やらなきゃ」という強迫観念から、語学も身だしなみも必死でやってた時期もあるんですが、どうも捨てるときは両方一緒だったみたいで(爆)、今は随分自由になりました。
自由になった一方で、あとの時間でモノにできそうなことを手堅くやろうとヘンな知恵をめぐらそうとするものだから、興味の範囲はかなり限定されてきたというか意識的に限定してきているような気もします。
興味の範囲が狭まるとともに投資の範囲も限定されてきましたねえ~(笑)。
というよりはまず優先すべきは子どもなので、見かけはどうあれ、こちらは残り物でごそごそやっている気分ではあります。


とうことで、たまには英語の本でも読みつつ、おしゃれのひとつもせーよ、ちっとはハイカラにもなろうて・・ということですが。

・・・ちがいますね・・・(殴)