事件そのものをどうこういう気はないのですけど、先日の某タレント夫婦の保釈中継を見てあらためて思ったこと・・・・「外見の印象」のおそろしさ。

同じ薬物で捕まっていたというのに、この保釈時の夫婦の印象はかなり違いました。
ダンナのほうは、まあ「やってただろうなあ・・それっぽい」という感じがなんとなくしてしまうわけです。どことなくしまらない動作とかしゃべり方とか、服装とかすべて外見からのことなんですが。
奥さんのほうは、ちゃんとメイクさんがついていたとかで、髪も化粧もばっちり(といってもどちらかというと清楚系)、言葉ははっきり、姿勢も正しく、思わず微笑まで浮かべてしまうという「デキ具合」。
もともと女優さんなのですから、当然予想されることではあったわけですが、これがどうも手ぐすねひいて待っていたマスコミには肩透かしだったようでもあります。
思うに、髪バサバサ、ノーメイク、表情暗く、言葉はぼそぼそ、服も逮捕時のまま・・みたいなもの、ある種「ざまあ・・」のひとつもいいたくなるようなものをどこか期待していたのかもしれませんね。
事実ワイドショーのコメントも「こういってはなんなんですが、どこか凛とした風情で」「復帰会見のような前向きな感じ」「セリフをしゃべっているようで本心が伝わらない」「まだ裁判も始まってないのに、こんな前向きな感じでいいのか」「ほんとに反省しているのなら、泣きながら土下座じゃないでしょうか」などと、どこか「ヤラレました。くやしいですっ!」っぽいニオイがつきまとっていました。

私は、本来どんなかっこうで保釈されるべきだったかなんて考えもしませんし、心からの反省なんてテレビの前で示せるものだろうか、と思っていますので、ワイドショーの反応はどうでもいいのですけど、別の意味でこれはすごいことだなあ、と変に感心してしまいました。
もちろん罪は罪だし、問題は大きいのですが、逮捕の前までとくにトラブルがあったわけでなし、ダンナが逮捕されて失踪している期間も「これはショックによる失踪であろう」と世間を心配させ、保釈時も外見だけだと「さすが女優さん!凛々しい」と思わせてしまうわけです。
まさに、世間で時々起こる「まさか、あの人が!信じられない」の典型。

これまでも女優さんが自分の子どもの不始末だとか犯罪だとかで、テレビカメラの前で謝罪したことは何回もありますが、もれなく泣き崩れ、憔悴し、痛々しい。「親の責任はあるだろうけど、自分が罪を犯したわけではないんだから、もういいじゃないですか」と思わず声をかけたくなるような風情がありました。もちろん計算とか演技がなかったわけではないでしょうが、それもこれも含めて世間との予定調和的な姿であったと思われます。

そういう意味で、今回の釈放会見は一種驚きを禁じえなかったわけです。規則正しい生活のためか以前よりも血色はいいし、オモテはしっかりあげているし、姿勢も語尾もぴっと決まっている。世間的「犯罪者」のイメージからかけ離れています。
こうしてみると、やはり自分はある一定の「犯罪者のイメージ」というものを持っていて、それに相当とらわれているんだなあ・・と思います。「人を見る目」というのは、案外いい加減なもんです。いつか裁判員を務める日がきたとして、見た目にとらわれないという保証はゼロに近いです。


「見た目」については、きっと逆もしかりなんでしょうね。
道を歩いていただけで「アヤシイ」のはやはり損だし、問題ですね(殴)。
私、このごろデパートを歩いても化粧品売場で声をかけられることはもはやありませんけど(<ナチュラル志向>と思うとあちらも声はかけません)、先日ヘアピースの売場前でいきなり「いかがですかあ~」とにこやかに声をかけられました。
アヤシかったかどうかはわかりませんけど、自分の姿は世間が教えてくれますので、ちょっと「う・・」と思いましたね。

まあ、思っただけですが・・・