26日(金)午前は某邸にて、チェンバロ&ピアノの合わせ。
ハイドンのコンチェルトニ長調第1楽章を、私がピアノパート、師匠がオケパートをチェンバロで弾きました。私は師匠の練習の相手というわけですが、ピアノパートのほうなので、さすがにそう簡単ではありません。少しは予習していきましたけど、細かいところまでは手が回らず、「まあ、こんな感じ」という程度でしたので、練習になったのかどうか・・・。
ピアノとチェンバロのアンサンブルだと、かなり音質に差があるし、表現の幅や方法が相当違うので、ペダルとか強弱をちょっと相談して調整しました。チェンバロ2台でやるほうが、普通に楽しいような気もします。


夜は、松本和将氏のリサイタルへ行ってまいりました。
氏は、私の知るだけでも、市内数箇所以上のピアノ教室の門下生の指導を不定期に行っておられますし(私は門下とは無関係で教わっています)、毎年の室内楽フェスティバルでも指導をされていますので、お客さんは多いだろうと思っていましたけど、はたして満席でした(そのうち半分くらいは氏と顔見知りだとか)。
ちびっ子が多いこともあり、プログラムはショパンのなかでも親しみやすいものだったように思います。ノクターン(1&2&14)、ワルツ(9&10&2)、エチュード(エオリアンハープ、蝶々、25-5、革命)、スケルツォ1番、ポロネーズ5番&6番。
どうも、私は氏(師・・のほうがいいか)のイメージはベートーベン、ブラームス、ラフマニノフあたりにあるもので、ショパンってどんな・・・と思いながら聴いていたのですけど、ある意味「なるほどなあ」と感じました。
氏はダイナミックな表現をもつ一方で、グリーグや吉松隆の録音にみるような繊細で独特な音を持っておられるのですが、そのあたりが、「男性的なショパン」と「女性的でたゆたうようなショパン」に反映されているように思いました。
なにぶん「ショパン」ですので、聴き手の耳も肥えていると思いますし、それぞれの「これぞショパン」のこだわりもあるかと思うのですが、私は、氏の技術、持ち味が生かされたショパンとして大変おもしろく聴きました。
なにしろ友人たちが最前列ど真ん中をとってくれて、なにかと氏と目が合ってしまう位置でちょっと困りましたが、終演後に「いやあ、すみません最前列で」と話したら「いやいや、それは『手をよく見ときなさい』ということですね(笑)。これで日曜はバッチリかな」と言われましたです(汗)。
それにしても、前日はずっとレッスン、当日はトークを交えながらの(ある意味教育的な)リサイタル、アンコールはモシュコフスキーの火花とリストのラ・カンパネラ、そして今日は今日で朝10時からレッスン。さっき見てみましたら、広島リサイタルの様子はとっくに自身のブログにUPされてました。
・・・う~ん・・お忙しい、というか体力あるなあ。よく「自分は体力がない」と書いてますけど、誰も信じませんね、そんなこと(笑)。そういえばよく「自分はテクニックがなくて、音コン優勝後大変難儀した」とも言われるし、昨日もトークで言ってましたけど、どれだけテクニックがなくて「日本音コン」に優勝したんだか・・・


要はレベルが違う、っちゅうことです(笑)。