今日はハイドンのことを書こうと思いつつパソコンを立ち上げついでにBGMとしてFMをつけてみたら、偶然21時からハイドン特集をやっていました。
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吉田 秀和
- ハイドン その音楽と生涯 -(3)
「ミサ・ブレヴィス ヘ長調 Hob.22-1」 ハイドン作曲
(14分05秒)
(ソプラノ)ジュディス・ネルソン
〃 エマ・カークビー
(合唱)オックスフォード・クライスト・チャーチ聖歌隊
(管弦楽)エンシェント室内管弦楽団
(指揮)サイモン・プレストン
<Decca UCCD-4080>
「ピアノ・ソナタ ハ長調 Hob.16-1」 ハイドン作曲
(8分20秒)
「ピアノ・ソナタ 変ロ長調 Hob.16-2から 第2楽章」
ハイドン作曲
(4分54秒)
(フォルテピアノ)ロナルド・ブラウティガム
<BIS CD-1731/33>
「弦楽四重奏曲 イ長調 作品2 第1 Hob.3-7」
ハイドン作曲
(16分40秒)
(演奏)タートライ四重奏団
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今まだ1曲目ですので、これをしばらく聴きながら以下を書くことになります。
すでに3回目なんですねこのシリーズ。全然知りませんでした・・というより家族がいるとまずこの時間はテレビがついてますので、今奇跡的に私ひとりなのでこれが聴けたということになりましょうか。
私はハイドンに関しては無知に近いのですが、どういうわけかここのところご縁がありまして、まず友人でソナタを弾いているものがいるということ、そしていきなりですがピアノコンチェルトを、ささっとではありますが練習する必要が出てきたということなんです。
ピアノ協奏曲二長調は、私のチェンバロの師匠が7月上旬に山陰でのコンサートで演奏するのですが、それはオーケストラパートをチェンバロで弾くということであり、もしよろしければ・・ということで私がピアノパートの練習代を志願したというわけです。とりあえず第1楽章のみですが。
そうたくさんの曲を聴いたわけでなく弾いたわけでもない私がいうのもおこがましいのですけど、今のところハイドンで「いいなあ・・」と思うのは転調部分。
転調部分(とくにどんどん調が変わって展開していくようなところ)というのはその作曲家の心理の綾みたいなものがよく出ていると思うのですけど、作曲家によっては涙まみれのドロドロになるものとか、どんどんハイになっていくものとか、混迷の一途をたどるものとか、えぐるように弾くべし弾くべしのものとか、いろいろあります。
ハイドンはなんといいますか、それまで諧謔や包容力を見せていた曲調が一瞬、転調部分で「透明な孤独」みたいになるんですけど、孤独まみれにはならずに救いがあって浮かび上がってくる感じがあります。
ちょっとモーツァルトとも違う雰囲気です。
メモリアルイヤーということもあって、ハイドンやメンデルスゾーンに触れる機会に恵まれ、ありがたいことだと思っています。
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吉田 秀和
- ハイドン その音楽と生涯 -(3)
「ミサ・ブレヴィス ヘ長調 Hob.22-1」 ハイドン作曲
(14分05秒)
(ソプラノ)ジュディス・ネルソン
〃 エマ・カークビー
(合唱)オックスフォード・クライスト・チャーチ聖歌隊
(管弦楽)エンシェント室内管弦楽団
(指揮)サイモン・プレストン
<Decca UCCD-4080>
「ピアノ・ソナタ ハ長調 Hob.16-1」 ハイドン作曲
(8分20秒)
「ピアノ・ソナタ 変ロ長調 Hob.16-2から 第2楽章」
ハイドン作曲
(4分54秒)
(フォルテピアノ)ロナルド・ブラウティガム
<BIS CD-1731/33>
「弦楽四重奏曲 イ長調 作品2 第1 Hob.3-7」
ハイドン作曲
(16分40秒)
(演奏)タートライ四重奏団
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今まだ1曲目ですので、これをしばらく聴きながら以下を書くことになります。
すでに3回目なんですねこのシリーズ。全然知りませんでした・・というより家族がいるとまずこの時間はテレビがついてますので、今奇跡的に私ひとりなのでこれが聴けたということになりましょうか。
私はハイドンに関しては無知に近いのですが、どういうわけかここのところご縁がありまして、まず友人でソナタを弾いているものがいるということ、そしていきなりですがピアノコンチェルトを、ささっとではありますが練習する必要が出てきたということなんです。
ピアノ協奏曲二長調は、私のチェンバロの師匠が7月上旬に山陰でのコンサートで演奏するのですが、それはオーケストラパートをチェンバロで弾くということであり、もしよろしければ・・ということで私がピアノパートの練習代を志願したというわけです。とりあえず第1楽章のみですが。
そうたくさんの曲を聴いたわけでなく弾いたわけでもない私がいうのもおこがましいのですけど、今のところハイドンで「いいなあ・・」と思うのは転調部分。
転調部分(とくにどんどん調が変わって展開していくようなところ)というのはその作曲家の心理の綾みたいなものがよく出ていると思うのですけど、作曲家によっては涙まみれのドロドロになるものとか、どんどんハイになっていくものとか、混迷の一途をたどるものとか、えぐるように弾くべし弾くべしのものとか、いろいろあります。
ハイドンはなんといいますか、それまで諧謔や包容力を見せていた曲調が一瞬、転調部分で「透明な孤独」みたいになるんですけど、孤独まみれにはならずに救いがあって浮かび上がってくる感じがあります。
ちょっとモーツァルトとも違う雰囲気です。
メモリアルイヤーということもあって、ハイドンやメンデルスゾーンに触れる機会に恵まれ、ありがたいことだと思っています。
