モーツァルトの講座に行って参りました。
講師は久元祐子先生とおっしゃって、ピアニストとしても指導者としてもご活躍の方です。
以前から一度セミナーを聴講してみたい、演奏を拝聴したい、と思っていたのですが、家の掃除も途中だし(殴)、どうしようか、と。でも子ども二人がお弁当なのも今日までなので、思い切って出かけました。
結論・・・行って良かった(涙)。お話の内容、構成、時間配分、お声やたたずまい、演奏、すべてにおいて好感度サクレツ。私、某ピアノ協会員であるご利益(?)で、この内容のものを1000円で聴講できたのはほんとにありがたいことです。

時間は2時間。メモはレポート用紙8枚に及びましたので、とてもここに書きつくせるものではありませんが、ノート代わりにまとめてみたいと思います。


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モーツァルトを美しく弾くというのは大変難しいことで、なにかと敬遠されがち。ある音大生60人に「トルコマーチを弾いたことがあるか?」ときいたところ、なんと2人しか弾いたことがなかった。・・・モーツァルトを弾くというのは美人コンテストにスッピンで出るようなものだから、なかなか弾く勇気ももてない。
一方で、熱狂的なファンがいるのもモーツァルト。なかには自分の好きなケッヘル番号の下駄箱があくまでお風呂(銭湯の話だと思います)に入らないとか、前の車のナンバープレートがケッヘル番号にみえてその曲が頭の中で鳴り始める人もいる(笑)。


モーツァルトの演奏に必要な、
 1.気品
 2.歌
 3.軽やかさ、スピード感   について。

まず「軽やかさ」は、当時の楽器、クラヴィコード、チェンバロ、ピアノフォルテ(これらを総称してクラヴィーアといいます)の特色を理解する必要がある。シャンクが手羽先の骨のように細かったり、鍵盤の深さが5~6ミリだったりと、今のピアノに比べるとはるかに華奢な楽器だった。
クラヴィコードなどは「つま弾く」という表現がぴったりの、耳をそばだてるもののみに与えられる音で、そういう当時の楽器の特色からすると、現代のピアノでも「いかに美しく、繊細な息遣いを表すか?」ということが大切。

次に「歌」について。モーツァルトの書簡を読んでいくと、いかに彼がオペラに関心を抱いていたかがわかる(それはピアノに無関心だったということではなくて、モーツァルトにとっては「クラヴィーアを初見で弾くのはうんこをするようなもの」というくらい、日常的なことだったということ)。
ピアノで「歌うように」弾くのは大変難しいこと。それは(縦方向に)一音一音が減衰していくものを、横方向につなげていくという作業になるからで、これは伸びている音(母音にあたる)の響きをきいていくことが大切だし、実際に歌ってみてフレーズを感じてみるのがいい。

「気品」(これは、お話の途中途中で出てきました)については、「母音」の美しい響き、スケールの弾き方(すべての粒をきっちりそろえるというより、細かいアーティキュレーションをつけてみる)、スタッカートの弾き方、などなどディテールを磨くことも大切、といったようなお話。


あとは、
・・・練習に入る際、イメージ作りで失敗すると、何百時間練習してもムダになってしまう。まずスコアを読んでマクロをとらえ、そこからミクロに入るべき。古典は調性が大切で、まずは何調を弾いているのか、何調に変わっていくのかを意識する。オペラのキャラクターはそれぞれにいろいろな調を与えられていることが多い。
・・・モーツァルトの時代はメトロノームのない時代。機械的なテンポ感であれというわけではないのだが、秒針と同じ速さで刻むトレーニングをするなど、頭の中に指揮者は必要。それと「アレグロ」「アンダンテ」などなど、モーツァルトのいろいろな楽曲を聴いて、「モーツァルトのテンポ設定」に慣れる。


~後半は、ソナタをいくつか選んでの解説。そのなかから2曲ほど。

K309:
これはマンハイムにいて、ゴキゲンだったころの曲。出だしは「のってるかい~♪」みたいなノリ。当時の「マンハイムロケット」といわれる急速なクレッシェンド、クラヴィーアの進歩にあわせての強弱など、そのころの音楽環境をほうふつとさせる箇所もある。
オクターブのユニゾンはソプラノを出して女性に花を持たせると美しいが、下をだして「俺についてこい」的に弾くと野暮ったくなる。

K545:
同じハ長調だが、K309の底抜けに明るい高笑いのような曲とは違い、明るいのだが、透明で神秘的。
演奏としては原典版にあるスラーの箇所(シードレド)は指示に従う。冒頭の「ドーミソ」は一音一音の間にほんのわずかな間をとり空気を入れることによって音符が軽くなり、軽やかさが出る。その際、「母音」が美しく響いているかどうかに注意。次のスケールはバタバタにならないよう「ラ・・ラ」「ソ・・ソ」という単純な音にかかった虹のつもりで弾く。
モーツァルトに「形式美」というものがあるが、「ソナタ(古くは器楽曲をさす)」と「ソナタ形式」というのは別であり、モーツァルトも「ソナタ形式」を作ろうと思って書いたわけではない(ソナタ形式というのは19世紀に学者によってまとめられた概念)。
よって、「ソナタ形式」としてはイレギュラーな箇所もあり、このK545の再現部は下属調(ヘ長調)で出てくる。これはやわらかい転調(ハ長調からみて)。お辞儀をするときのⅠ→Ⅴ→Ⅰの和音と、アーメン終止のⅠ→Ⅳ→Ⅰを比較するとよくわかる。


~細かい技術上のこと

スタッカート:
これをパブロフの犬のように「・」を見たとたん「はねる」という条件反射はよろしくない。スタッカートは「はねる」ではなく「音を切る(音価は2分の1からさらに短いものまでいろいろ)」。夫婦で「スタッカーレな状態」というのは「別居」で、「レガート」は「一緒にいる」ということ。

スケール:
すべてのつぶをきっちりそろえすぎると暑苦しいこともある。細かいアーティキュレーションをつける。上行の時の親指に注意し、あまり大きな面積で弾かない。指の面積をそろえて弾く。

トリル:
あまり鍵盤の深さたっぷり(10ミリ)弾かない。下まで押さずに7~8ミリのところ(ちょっと抵抗のある深さ。アフタータッチといいます)で弾けば、軽やかで抜けない音になる。


フィンガリング:
自然で優雅であること。基本的に長い指で黒鍵、短い指で白鍵。楽に弾けること(たとえば、重さをかける音は1&3、抜く音は2&4など)

ペダル:
濁らない。デリケートに足を使い、わからないように踏む。(ロシアでは足の指番号をつけて、足の親指から順に1~5とし、斜めに足を使うことによってペダルを操作するテクニックもあるそうです・・・驚)。


<冒険心やいたずら心を生き生きと表現するが、ただし美しい音で。難しいものと難しいを感じさせない演奏が理想>

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結局長々と書いてしまいました(汗)。
こう書くと、かなり理屈っぽくて難しいような気もするのですけど、
間間に入る演奏の、なんと作為のなく美しいこと!
こういう演奏を聴いてしまうとますます、「モーツァルトは弾くものでなく聴くものだ」と思ってしまうのですけど、せっかくいいお話を伺ったことでもありますし、これから演奏に生かせていけたらいいなあ・・と思います。

・・・それにしても美しかったです、23番コンチェルトの第2楽章。もうちょっと弾いていただきたかったですけど、そうなるとこちらの涙腺があぶなかったかも・・・