このごろ、夫婦の会話がすすまないです・・・・仲が悪いとか時間がないとかそういうことではなく、お互いのプチアルツ状態ゆえの結果。
テレビを見ていて、ある女優さんが出てくるとします。
「えっとこれ誰だっけ?ほらAってドラマに出てた・・」
「そうそうBという映画にも出てたよね」
「で、Cと噂が出て・・・」
「うん、たしかDとも噂あったよね」
・・とここまで周辺情報はバッチリで、お互い顔も思い浮かんでいるのに、名前に関してはカケラも出てこない。たぶんア行から順に言ってみても無理な感じがする。
めったに見ない俳優・女優さんならまだしも、けっこう好きだったりファンに近かったりするのに・・・思い出せない。で、思い出せなくてもどかしいものだから、お互いそれぞれでなんとか思い出そうとし、カニを食べているかのように黙りこくって、必死で記憶を掘り返し会話が途切れる。
絶対これ、スペクトとかで調べてみたら、血流不足の部分があってそれがシンクロしているに違いありません。たとえ夫婦でボケたとしても、お互いのボケ野(?)が微妙にずれていればあまり不自由はないはずなのですが、ボケ野がぴったり重なった日には相補作用が成り立たない(泣)。
・・・・・出先で、一緒に自宅の場所を忘れたらどうするんでしょう?
う~ん・・・20~30分もかかるような曲を暗譜できたりするのに、なんでこんなささいなことが覚えられないんだ?と思いますよ。
「暗譜」は複数の方法で覚えていて、たとえ耳が忘れても手が覚えているとか、視覚的なものや理論的なものまである程度動員してますので、いってみれば四重ロックくらいになっているのですけど、「なんとなく」な記憶は三重ロックにもなってないので(ほんとは少なくとも字面と音声の二重にはなっているはずなんですけど)、あっという間にオチてしまうようです。
若いころはそれでも、記憶の「粘着力」がボンド並なので、とりあえず記憶すれば落ちなかったのですけど、だんだんと「でんぷん糊」、さらには「水」並になり、時間が経ち乾いたら落ちる・・という、ていたらくでございます。
私たちの仲人をやってくださった方が、大変記憶力にこだわる方で、仲人のスピーチはすべて暗記しておられたのですが、たしか私たちの結婚式では一箇所西暦を間違えたといって、それは悔しがっておられました。
もちろん、「大事な結婚式で間違ったことを言ってすみません」ということもあったとは思うのですけど、おそらく「今まではノーミスだったのに、なぜただの西暦ごときで・・・」という悔しさが大きかったのではないかと想像しています。
ところで先日、指揮者の小澤征爾さんを某トーク番組で拝見しました。そのとき、分厚いオペラのスコアすらもすべて暗譜してしまわれるマエストロが、「帯状疱疹の原因のほらあれ・・・なんだっけ、天然痘じゃなくて・・・えっとなんだっけ・・」とグルグルしたあげくに、「・・あ、水疱瘡だ!」とおっしゃったのをきいたときには、ちょっとだけ安心いたしました(笑)。
やっぱり気合入れて覚えることとそうでないことは違うんですね。リヒテルみたいに、「一回きくと見知らぬ人の名前までインプットされ、しかもそれがずっと残り続けて苦痛でしかたない」という驚異的な記憶力ゆえの暗譜ではなく、やはり同じ驚異的にしてもすさまじい努力ゆえのことなのでしょう。(・・ちなみに晩年にリヒテルが楽譜を見て弾いたのは、耳が悪くなって鍵盤の音と記憶された音にズレが生じたゆえと言われています)
それはともかく、どうしますかね、この「糊」の粘着度低下との戦い(泣)。
10代のうちは、さっさと記憶できて、しかも抜けにくいです。ゲームやアニメに費やす時間の幾分かを「勉強」と名のつくもの、それも暗記モノにまわして損はない。暗記モノ苦手といっても、40~50代以降のものとは話が違いますから。
そういう私自身も、やはりある程度自分なりの「記憶術」を意識していかないとそのうち日常生活に不便をきたしそうです。
・・・想像してみましょう!・・・記憶しても記憶しても抜けていくむなしさを・・・
テレビを見ていて、ある女優さんが出てくるとします。
「えっとこれ誰だっけ?ほらAってドラマに出てた・・」
「そうそうBという映画にも出てたよね」
「で、Cと噂が出て・・・」
「うん、たしかDとも噂あったよね」
・・とここまで周辺情報はバッチリで、お互い顔も思い浮かんでいるのに、名前に関してはカケラも出てこない。たぶんア行から順に言ってみても無理な感じがする。
めったに見ない俳優・女優さんならまだしも、けっこう好きだったりファンに近かったりするのに・・・思い出せない。で、思い出せなくてもどかしいものだから、お互いそれぞれでなんとか思い出そうとし、カニを食べているかのように黙りこくって、必死で記憶を掘り返し会話が途切れる。
絶対これ、スペクトとかで調べてみたら、血流不足の部分があってそれがシンクロしているに違いありません。たとえ夫婦でボケたとしても、お互いのボケ野(?)が微妙にずれていればあまり不自由はないはずなのですが、ボケ野がぴったり重なった日には相補作用が成り立たない(泣)。
・・・・・出先で、一緒に自宅の場所を忘れたらどうするんでしょう?
う~ん・・・20~30分もかかるような曲を暗譜できたりするのに、なんでこんなささいなことが覚えられないんだ?と思いますよ。
「暗譜」は複数の方法で覚えていて、たとえ耳が忘れても手が覚えているとか、視覚的なものや理論的なものまである程度動員してますので、いってみれば四重ロックくらいになっているのですけど、「なんとなく」な記憶は三重ロックにもなってないので(ほんとは少なくとも字面と音声の二重にはなっているはずなんですけど)、あっという間にオチてしまうようです。
若いころはそれでも、記憶の「粘着力」がボンド並なので、とりあえず記憶すれば落ちなかったのですけど、だんだんと「でんぷん糊」、さらには「水」並になり、時間が経ち乾いたら落ちる・・という、ていたらくでございます。
私たちの仲人をやってくださった方が、大変記憶力にこだわる方で、仲人のスピーチはすべて暗記しておられたのですが、たしか私たちの結婚式では一箇所西暦を間違えたといって、それは悔しがっておられました。
もちろん、「大事な結婚式で間違ったことを言ってすみません」ということもあったとは思うのですけど、おそらく「今まではノーミスだったのに、なぜただの西暦ごときで・・・」という悔しさが大きかったのではないかと想像しています。
ところで先日、指揮者の小澤征爾さんを某トーク番組で拝見しました。そのとき、分厚いオペラのスコアすらもすべて暗譜してしまわれるマエストロが、「帯状疱疹の原因のほらあれ・・・なんだっけ、天然痘じゃなくて・・・えっとなんだっけ・・」とグルグルしたあげくに、「・・あ、水疱瘡だ!」とおっしゃったのをきいたときには、ちょっとだけ安心いたしました(笑)。
やっぱり気合入れて覚えることとそうでないことは違うんですね。リヒテルみたいに、「一回きくと見知らぬ人の名前までインプットされ、しかもそれがずっと残り続けて苦痛でしかたない」という驚異的な記憶力ゆえの暗譜ではなく、やはり同じ驚異的にしてもすさまじい努力ゆえのことなのでしょう。(・・ちなみに晩年にリヒテルが楽譜を見て弾いたのは、耳が悪くなって鍵盤の音と記憶された音にズレが生じたゆえと言われています)
それはともかく、どうしますかね、この「糊」の粘着度低下との戦い(泣)。
10代のうちは、さっさと記憶できて、しかも抜けにくいです。ゲームやアニメに費やす時間の幾分かを「勉強」と名のつくもの、それも暗記モノにまわして損はない。暗記モノ苦手といっても、40~50代以降のものとは話が違いますから。
そういう私自身も、やはりある程度自分なりの「記憶術」を意識していかないとそのうち日常生活に不便をきたしそうです。
・・・想像してみましょう!・・・記憶しても記憶しても抜けていくむなしさを・・・
