ちょっと必要が生じそうなので、ショパンの「チェロソナタ」を急遽繰り返し聴いてみました。

・・・・よくわかんない・・・

まったく知らない曲というわけでもないのですが、ちゃんと聴くとよくわかりません(爆)。
ショパンらしいかといわれるとそうでもないような感じもあって、作曲者を伏せて聴いたら、「う~んシューマンじゃないし、もちろんメンデルスゾーンじゃないし、もっとあとの人のような気もする・・」と思ってしまいそう。だいたいいつ書かれたのだろう、かなり複雑、ピアノソナタ3番なみの入り組みよう。
でも、ほかのピアノ作品には感じないような妙な引力もあるような気もするし・・・


第1楽章を4~5回聴いて、やっとテーマの展開がうすぼんやりわかってきたので、ウィキペディアで調べてみたら、ありましたありました。以下(まる写し、ごめんなさい。い)。


<チェロソナタト短調Op.65は1846年に完成された。ショパンは数少ない室内楽曲のうち、ピアノとチェロのための作品を3曲残していおり、そのほとんどは青年期に書かれたものであるが、この作品は最後の室内楽曲であるばかりでなく、生前に発表・出版された最後の作品である。

ピアノ独奏曲が作曲の大半を占めるショパンがチェロのための作品を3作残したのは、彼がピアノの次にチェロという楽器を愛していたからであるが、チェロソナタの制作の動機には、彼の親友でチェリストであったオーギュスト・フランショーム(フランコーム)の存在が大きい。フランショームはショパンと10数年来の交遊があり、その間ショパンの日常の雑務を手伝うなど、ショパンを支え続けてきた人物であった。このチェロソナタは、そうしたフランショームの友情に報い、彼との共演を想定して作曲されたものである。当然ながらこの曲は彼に献呈されている。

この作品では、ピアノとチェロ両方にきわめて高い技術が求められる上、主題労作や対位法などの技法が多用され、2つの楽器が協奏しながら融合するという形をとる。やや晦渋な作風となるショパン後期の作品のなかでも音楽的に難解な部類に入る。特に複雑な構成を取る第1楽章は、作曲者と献呈者による初演の時に演奏されなかった。

結果的にこの作品は「ピアノの詩人」であるショパンの作品の中で例外的な存在となってしまったが、実際にはこの時期、ショパンはヴァイオリンソナタの作曲なども構想しており(スケッチが1ページだけ現存する)、ショパン本人は、この作品によって従来のピアノ独奏曲の世界から新たな境地を開拓しようと考えていたのではないかとされる。>


・・よかった。
どうも私の頭が悪いわけではなかったようで、ややこしい曲ではあるようですね。
楽譜をざざ-っと眺めたことがあるのですが、ピアノパート相当黒くて(笑)、「ピアノパートに手は抜きませんよ」みたいな気が伝わってきました。

上記にある<2つの楽器が協奏しながら融合するという形をとる>というのは聴いていても見事だなあ、と思う箇所が多々あり、このままショパンが長生きして、管弦楽曲とかオペラとか書いていたら、「ピアノの詩人」ではすまなかったかも、そういう意味でもっと長生きしてほしかったなあ、と初めて残念に思いました。


・・・・・で、この曲やるの?