たまたまつけたテレビで、「鼓の家」という番組をやっていた。
これは能楽師の一家、代々鼓を打っている家族のドキュメントだった。
途中からだったので、詳しいことはよくわからないのだが、ご主人も奥さんも息子三人もすべて鼓を打つ。師匠は代々親。
開演前の準備も、炭火で鼓の皮を乾かしたり、初めてみるようなことばかりだったのだが、心底驚いたのは稽古の気迫。
息子さんが大きな舞台を控えているということで、師匠であるお父さんに稽古をつけてもらっている場面が出た。
もちろん二人ともきちんとした和装。正座して相対して、頭をつけるように「お願いいたします」と礼。
師匠は、閉じた扇子のような形のもので(名称がわかりません)、目の前にある台をたたきながら謡う。
息子は鼓を打ちながら、「イヤァ」とか「ハッハッ」と合いの手を入れる。
曲は、『安宅』から宝生流「延年之舞」という難曲だそうだ。
謡いの内容はわからないし、どういうリズムで続いているのかも私にはわからないのだが、テレビを通しても息詰まるような、こちらの心臓が痛くなるような緊張した場面だった。
師匠が叱るとか注意するとかそういうことはまったくなく、一曲を一回通したのだけれど、終わると二人とも言葉が出ない。マラソンのあとの選手のよう。
終わって息子さん
「これで、ひとつの命のやりとりが終わりました。出来はともかく、最後までどちらも倒れることなく、命をやりとりできてほっとしてます」
・・・まさにそんな感じだ。
師匠は
「ふだんはこういうお稽古は人様にはお見せしません。どうしても・・っておっしゃるからね。頭が白くなってわからなくなってきますね。最後までもってよかったな、っていうかね。・・・まあたいしたことないんだけど(笑)。稽古ってそんなもんでしょ?」
・・・「真剣勝負」という言葉があるけれど、見ているこちらまで斬られそうな稽古だ。
お能や歌舞伎を見るときは、役者の方にばかり目がいってしまって、囃子のほうでこんな壮絶なやりとりがあるとは考えたこともなかった。
本番前も「とにかく、生きて舞台から戻ってきたいと思います。精神的にも肉体的にも」と言っておられたが、舞台のものというのは、洋の東西を問わず厳しい世界だと、あらためて思うことだった。
それにしても、あのように長い長い曲を、リズムだけで暗譜(?)するというのはすごいことだと思ってしまうのだが、それも訓練すれば可能なことなのだろうか?
これは能楽師の一家、代々鼓を打っている家族のドキュメントだった。
途中からだったので、詳しいことはよくわからないのだが、ご主人も奥さんも息子三人もすべて鼓を打つ。師匠は代々親。
開演前の準備も、炭火で鼓の皮を乾かしたり、初めてみるようなことばかりだったのだが、心底驚いたのは稽古の気迫。
息子さんが大きな舞台を控えているということで、師匠であるお父さんに稽古をつけてもらっている場面が出た。
もちろん二人ともきちんとした和装。正座して相対して、頭をつけるように「お願いいたします」と礼。
師匠は、閉じた扇子のような形のもので(名称がわかりません)、目の前にある台をたたきながら謡う。
息子は鼓を打ちながら、「イヤァ」とか「ハッハッ」と合いの手を入れる。
曲は、『安宅』から宝生流「延年之舞」という難曲だそうだ。
謡いの内容はわからないし、どういうリズムで続いているのかも私にはわからないのだが、テレビを通しても息詰まるような、こちらの心臓が痛くなるような緊張した場面だった。
師匠が叱るとか注意するとかそういうことはまったくなく、一曲を一回通したのだけれど、終わると二人とも言葉が出ない。マラソンのあとの選手のよう。
終わって息子さん
「これで、ひとつの命のやりとりが終わりました。出来はともかく、最後までどちらも倒れることなく、命をやりとりできてほっとしてます」
・・・まさにそんな感じだ。
師匠は
「ふだんはこういうお稽古は人様にはお見せしません。どうしても・・っておっしゃるからね。頭が白くなってわからなくなってきますね。最後までもってよかったな、っていうかね。・・・まあたいしたことないんだけど(笑)。稽古ってそんなもんでしょ?」
・・・「真剣勝負」という言葉があるけれど、見ているこちらまで斬られそうな稽古だ。
お能や歌舞伎を見るときは、役者の方にばかり目がいってしまって、囃子のほうでこんな壮絶なやりとりがあるとは考えたこともなかった。
本番前も「とにかく、生きて舞台から戻ってきたいと思います。精神的にも肉体的にも」と言っておられたが、舞台のものというのは、洋の東西を問わず厳しい世界だと、あらためて思うことだった。
それにしても、あのように長い長い曲を、リズムだけで暗譜(?)するというのはすごいことだと思ってしまうのだが、それも訓練すれば可能なことなのだろうか?
