だいたい本番が近づくと、なんとかのひとつ覚えみたいにめぐってくる話題が、暗譜の話。
この前も某所でそういう話になりました。
「最近は、コンチェルトでもほかの楽器は楽譜を見て弾くことが多いのに(コンクールは別ですよ)、なんでピアノだけ?」と言うグチ。
チェンバロも、譜面はたとえ見なくても置いて弾くのが正式なスタイルらしいので、そうなると鍵盤楽器のなかでも「なんでピアノだけ?」みたいな話になります。
ひとつは、譜めくり人が必要だからという理由もあるかもしれません。
コンチェルトのときなんかただでさえ狭いのに、あそこに譜めくり人が入るとかなり邪魔だと思いますし、立ったりすわったりする人がいると目障りでもあります。
あとはいろいろと理由はあるでしょうけど、難しい曲になるとはっきりいって楽譜なんかみてるヒマないし、譜面を見るならず~っと見続けてないと、「あれ、どこ?」とふと思った瞬間にオチます。
理由はどうでもいいんですが、とにかく目下どうしても暗譜をしなければならないわけです。
私は、結構譜面を見て弾くので、完全に暗譜をする機会は少ない(殴)。
もちろんコンクールとかコンサートの時は極力やるようにしてますけど、サークルの発表会では、まず見てます。
今抱えている曲は、和音がぐちゃぐちゃしていて、臨時記号の嵐。譜面の印象と耳で聴いた響きと、実際に弾いている鍵盤の眺めが、必ずしも一致しない。
で、まだ目を閉じて弾いているときはいいんですが、ふと手を見てしまうと「あれ、この音でいいんだっけ?」とアワを食うことがあります。
これは恐ろしい。
現代曲ほど、不協和音がたくさん出てくるわけでもなく、ヘンな音を押さえてしまうと、ヘンなところはヘンにしか聴こえないと思うので、やっぱりちゃんと弾かないといけません(・・当たり前ですが・・・)。
これといって決め手のない暗譜対策ですが、現在進行中の練習について。
少しゆっくり「次の音は・・・」と考えながら弾いてみる。
そうすると、たいがいウロ覚えのところはこけますから、まずそこを埋めていく。
「ゆっくり・・」がポイントです。
アガッてしまった時にどんどん速くなるのは、ゆっくり次の音を待っている間に、頭の中から音がなくなって(忘れて?)しまうのではないかという不安のあまり、フライングをしてしまい、その結果、だんだん音の間が詰まってきてしまうんじゃないかと思います。
それと似た作業ですけど、たとえば家事をしているときとか、乗り物に乗っているときに、ずっと曲を頭の中に流していて、ある任意の箇所にきたときに、右手左手の音を、すべて瞬時に思い浮かべる。・・これはかなり難しいです。
でもこれができると、演奏中に一瞬の魔がさしてスになってしまったとき、少しは助かります。
あとは、他人に聴いてもらうとか、録音をするとかいう負荷をかける。
その時、たいがい1~2箇所あやしくなりますから、そういうときに、絶対に弾き直さず、その音から、あるいはその次の音、もっというと止まってしまった分進んでしまった音から(アンサンブルなんかだと必ず追いつかないといけませんね)、次を始める。
聴いてる方にとって、時間に逆らって音楽を巻き戻しされることは結構苦痛です。
たとえ、瞬間アナができたとしても、スルーして次へ進まなければならないと私は考えてまして、でもそのためにはあのグチャグチャの和音をどの箇所からでも掴む訓練がいるかと思うと、かなりツライです。
あとは、録音するにしてもただ繰り返して入れるのではなく、一回一回振り返って、コケタ理由を考える。
たとえば、ソナタなんかでは、再現部への移行の和音の意識が足らず、提示部と同じ進行で堂々巡りになってしまうことがあります。
(これで、ブラームスのソナタを5回リピートで聴かされたことあります。ちゃんとした演奏会だったんですが・・・)
あるいは逆に、提示部から再現部へ飛んで、アッという間に終わるとか(笑)。
これは形式と転調の確認をやればかなり防げるとは思いますが、本番は知りません(逃)。
暗譜できたころから、曲は「板についてくる」もんです。
それは複雑な曲であればあるほど、構造やら和声の進行をたたきこまないと覚えられないからであって、そこまでやってやっと「曲がわかってきた」ということなんだろうとは思いますが、
若い頃は、「最後まで通しで弾けるようになったら覚えてた」というのが結構ふつうで、それは曲の理解が伴ってのことかどうかはあやしいですが、取りあえず労力的には楽だったと思います。
だから子どもの頃に、バカみたいにたくさんの曲をとりあえず暗譜していると、あとが楽なんですよね。逆に忘れたくても忘れられないくらい定着してますし。
いまさらいっても仕方ないですが・・・・・
この前も某所でそういう話になりました。
「最近は、コンチェルトでもほかの楽器は楽譜を見て弾くことが多いのに(コンクールは別ですよ)、なんでピアノだけ?」と言うグチ。
チェンバロも、譜面はたとえ見なくても置いて弾くのが正式なスタイルらしいので、そうなると鍵盤楽器のなかでも「なんでピアノだけ?」みたいな話になります。
ひとつは、譜めくり人が必要だからという理由もあるかもしれません。
コンチェルトのときなんかただでさえ狭いのに、あそこに譜めくり人が入るとかなり邪魔だと思いますし、立ったりすわったりする人がいると目障りでもあります。
あとはいろいろと理由はあるでしょうけど、難しい曲になるとはっきりいって楽譜なんかみてるヒマないし、譜面を見るならず~っと見続けてないと、「あれ、どこ?」とふと思った瞬間にオチます。
理由はどうでもいいんですが、とにかく目下どうしても暗譜をしなければならないわけです。
私は、結構譜面を見て弾くので、完全に暗譜をする機会は少ない(殴)。
もちろんコンクールとかコンサートの時は極力やるようにしてますけど、サークルの発表会では、まず見てます。
今抱えている曲は、和音がぐちゃぐちゃしていて、臨時記号の嵐。譜面の印象と耳で聴いた響きと、実際に弾いている鍵盤の眺めが、必ずしも一致しない。
で、まだ目を閉じて弾いているときはいいんですが、ふと手を見てしまうと「あれ、この音でいいんだっけ?」とアワを食うことがあります。
これは恐ろしい。
現代曲ほど、不協和音がたくさん出てくるわけでもなく、ヘンな音を押さえてしまうと、ヘンなところはヘンにしか聴こえないと思うので、やっぱりちゃんと弾かないといけません(・・当たり前ですが・・・)。
これといって決め手のない暗譜対策ですが、現在進行中の練習について。
少しゆっくり「次の音は・・・」と考えながら弾いてみる。
そうすると、たいがいウロ覚えのところはこけますから、まずそこを埋めていく。
「ゆっくり・・」がポイントです。
アガッてしまった時にどんどん速くなるのは、ゆっくり次の音を待っている間に、頭の中から音がなくなって(忘れて?)しまうのではないかという不安のあまり、フライングをしてしまい、その結果、だんだん音の間が詰まってきてしまうんじゃないかと思います。
それと似た作業ですけど、たとえば家事をしているときとか、乗り物に乗っているときに、ずっと曲を頭の中に流していて、ある任意の箇所にきたときに、右手左手の音を、すべて瞬時に思い浮かべる。・・これはかなり難しいです。
でもこれができると、演奏中に一瞬の魔がさしてスになってしまったとき、少しは助かります。
あとは、他人に聴いてもらうとか、録音をするとかいう負荷をかける。
その時、たいがい1~2箇所あやしくなりますから、そういうときに、絶対に弾き直さず、その音から、あるいはその次の音、もっというと止まってしまった分進んでしまった音から(アンサンブルなんかだと必ず追いつかないといけませんね)、次を始める。
聴いてる方にとって、時間に逆らって音楽を巻き戻しされることは結構苦痛です。
たとえ、瞬間アナができたとしても、スルーして次へ進まなければならないと私は考えてまして、でもそのためにはあのグチャグチャの和音をどの箇所からでも掴む訓練がいるかと思うと、かなりツライです。
あとは、録音するにしてもただ繰り返して入れるのではなく、一回一回振り返って、コケタ理由を考える。
たとえば、ソナタなんかでは、再現部への移行の和音の意識が足らず、提示部と同じ進行で堂々巡りになってしまうことがあります。
(これで、ブラームスのソナタを5回リピートで聴かされたことあります。ちゃんとした演奏会だったんですが・・・)
あるいは逆に、提示部から再現部へ飛んで、アッという間に終わるとか(笑)。
これは形式と転調の確認をやればかなり防げるとは思いますが、本番は知りません(逃)。
暗譜できたころから、曲は「板についてくる」もんです。
それは複雑な曲であればあるほど、構造やら和声の進行をたたきこまないと覚えられないからであって、そこまでやってやっと「曲がわかってきた」ということなんだろうとは思いますが、
若い頃は、「最後まで通しで弾けるようになったら覚えてた」というのが結構ふつうで、それは曲の理解が伴ってのことかどうかはあやしいですが、取りあえず労力的には楽だったと思います。
だから子どもの頃に、バカみたいにたくさんの曲をとりあえず暗譜していると、あとが楽なんですよね。逆に忘れたくても忘れられないくらい定着してますし。
いまさらいっても仕方ないですが・・・・・
