これは今で何回も書いていることで、ずっとここを読んでくださる方々は「またか」と思われるかもしれないのですが、私自身が初心にかえるという意味もこめて、またしつこく書いてみたいと思います。



私のピアノ歴について~

4つくらいから音楽教室に入り、その後数年のあいだ、グループレッスンを受講。
並行して5歳くらいからピアノの個人レッスンを受け、4年生くらいからはグループレッスン、ピアノ個人、あとソルフェージュが毎週あり、週に2日(ピアノ個人とソルフェージュはまとめて土曜にやっていただいていた)を音楽の習い事についやしていた。
小学校6年までは、作曲のまねごとのようなこともやっていたのだが、中1ではピアノのみにし、中2になった4月にはピアノもやめてしまった。

・・・・・なにぶん遠い記憶なので、間違っているところもあるかもしれませんが・・・


大学でサークル入って4年間いちおう弾いてはいたのだけれど、寮生活だったのでピアノはもたず、学校のピアノを借りてたまに練習。2週間に1回のレッスンを受けていた。
卒業してからはずっと弾いていなくて、35歳くらいの時に上の子が音楽教室にはいったのをきっかけにまたボチボチとやりはじめた。
この時は電子ピアノ。
レッスンでみてもらったのは、平均律を1番から(先生には1番からは無謀だといわれた)と、なにか好きな曲をひとつ。たまには平均律1曲のみ。
小さい発表会とか出ていたのだが、モーツァルトの20番のコンチェルトとかバッハの「音楽のささげもの」の3声のリチェルカーレとか、あと、シューマンの「飛翔」だとか、無謀な曲ばかり挑戦。

2年後くらい(2001年)にこちらへ引っ越してきて、友達もいないのでまたピアノを始め、このときは平均律にくわえてショパンのプレリュード集を1番から(なんでも1番からやる人間・・笑)。
たしかこちらでは最初の発表会(越してきて7ヶ月くらい)で、ドビュッシーの「水の反映」を先生にすすめられて弾き、レッスンではそのまま続いて映像第1集の3曲をやった。

~ドビュッシーを弾き始めて電子ピアノでの限界を感じて、中古のアップライトを購入~。

翌夏の発表会は妊娠7ヶ月くらいだったかな、と思うのだが、ショパンの「バラード3番」を弾いた。このときの演奏はものすごくボテっとしていて妊婦そのもの。

で10月に下の子を出産。
11月に発表会で、バイオリンとバンドネオンと一緒にピアソラの「リベルタンゴ」を。さすがに指に力が入らなかったし、すぐ疲れた記憶が・・・。

翌夏(2003)は、コンぺにベートーベン=リストの「運命」第1楽章でエントリー。
思いがけず、全国大会に行けてしまったので、家族で横浜へ。娘はまだ10ヶ月くらいで、乳飲み子。
幸いというか、これが間違いの始まりというか全国大会で入賞。

~このあと、ラヴェルの「なき王女のためのパヴァーヌ」を弾いていて、アップライトの限界を感じて(・・・ほんとは技術の限界だったもしれないが・・汗)、グランドピアノを購入~

~ステップに出て、ピアノ好きの仲間と知り合い、一緒に練習したり、反省会という名の飲み会をやったりするようになる~

翌年(2004)は、連弾のみでエントリー。ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」。これは本選入選。
この秋(11月)に、苦手のショパンを無理やり弾こうと秋のコンペにエントリー。「バラード 1番&3番」
翌年の1月(2005.1月)に、コンチェルトのコンペにエントリー。モーツァルトの20番の第1楽章を、3台のエレクトーンと共演。

~レッスンのほうは相変わらず、平均律とショパンの「プレリュード」集をこつこつと弾いていたように思う~


2005年6月、今のマンションに引越し、防音室にグランドをいれる。
2005年夏には、ブラームスの「主題と変奏(弦楽六重奏曲の第2楽章)」でコンペにエントリー。本選入賞。
秋には、<無理やりショパンを弾く 第2弾>として、コンクールで「葬送」の第1楽章を弾く(弾いた、とは言えない仕上がり・・無謀すぎた。その時みていただいていたある先生にも言われたし・・・)

このころ、室内学で遊んでくれる友人ができて、メンデルスゾーンのピアノトリオとかチャイコフスキーのピアノトリオを遊びでやってみたりする。

2005年暮れに、今まで師事していた先生を離れ、さすらいびとになる。
2006年1月に地元のピアノサークルに入会。

その年の夏のコンぺではシューマンの「プレスト・パショナート」という曲を弾いて、本選優秀賞。
連弾はグリーグのペールギュント「アニトラのおどり」「山の魔王の宮殿にて」で本選入選。

2007年2月に、前半ベートーベン、後半シューマン&ムソルグスキーのプログラムで、ひとり舞台を敢行というか決行(爆)。
この年は、コンペはお休み。・・・



このほかにも、いろいろ発表会やらステップやら出ているのですが、いちおうこれだけにしておきます。


今、ふりかえると冷や汗ものの履歴で、「誰かとめてやれよ」と突っ込みたくなるのですが、だれも止めてくれなかったおかげで、ここまでいろいろな経験ができて大変感謝しています。
だいたい、再開していきなり、平均律の1番、プレリュードだけならまだしも、フーガはないじゃろ・・と思うのですが、頭痛めまい肩こりを起こしながら、もうダメだと思いつつ、でも、なんかこれを越えないといけないような気がして何ヶ月もかかってやった覚えがあります。

この当時はまだ、楽譜も一音一音拾っている状態、音楽用語も忘れているし、音感も戻ってなくて(とりあえず昔は絶対音感といわれるものがあったはずなのですが・・)、「楽譜上の音」と「自分の出している音」と「聴こえてくる音」が一致しないというものすごい状態にありました。

その状態を1年かそこらかかって克服したあとは、今度は暗譜がまったくできないという恐怖がおそい、そこをなんとか通りぬけていい気になってると、今度は「音がまったく平板で何弾いても同じ」「楽譜をきちんと読み取れていない」という事実に愕然とする・・・


ここからがなかなか大変な道のりで、目下、修行続行中です。