昨日、音楽雑誌の整理&切り抜きをしていて、あるコラムが目にとまった。

それは廻さんというピアニストさんの書かれたもの。
ある若き歌舞伎のスーパースターが海外公演をした後、浮かぬ顔でインタビューに答えていたことを取り上げて、演者と客席の空気の関係について述べておられた。

いわく、
「(この若き歌舞伎役者が)舞台に出てくるなり、ビリビリと舞台の空気が張り詰める。彼が発する人並みはずれたエネルギーのせいだ。鍛えられた肉体、鍛えられた芸、鍛えられた発声、そして何よりもその真剣さが空気にビリビリと電流を流す。観客を圧倒してやるぞ、というような使命感すら感じる。観客は文字通り圧倒される。
しかし、エネルギーの方向があまりに一方的だと観客は動かなくなる。どこかに冷静さが生まれ、客席の温度は下がる。舞台の温度は熱く、客席は冷たいという二層の空気になるわけだ。そこに、ほんの少しでも緩み、というか、客席の空気をもらって舞台と客席が一緒に呼吸することができれば、客席の温度が上がり、圧倒されることを楽しみ、翻弄されることを喜ぶであろう」


これと似たような話を過去にやはり音楽雑誌で読んだことがある。
そのときは若き指揮者さんのインタビューだったのだけれど、たしか
「自分で<燃えた、いい演奏ができた!>という時、演奏後期待して客席に向き直ると、客席はしんとしていたり、自分では<う~ん、いまいちだったかも・・>みたいな時に、ものすごく反応してもらえたり・・・・難しいですよ。よくわからないことも多いです」
みたいな内容だったと思う。



難しいものだと思う。
私は客席とどうこうというほど演奏の機会はないし、観客や聴衆としてもそう経験の多いほうではないのだが、
どちらかというと、若い、ある意味「気負いのある」パフォーマーについて、上記のような現象が起こりがちのような気がする。
科学に私が詳しければ良いたとえもできそうな気もするのだが、たとえばパフォーマーがあまりにも強い磁場を作ってしまうと、観客が金縛り状態になってしまい「ああ凄かった、圧倒された、・・・でも息苦しくて今夜はうなされそう」みたいなことになってしまうのだろう。
もちろん、それを望むパフォーマーも観客もいるのだし、それはそれですばらしい関係だと思う。

廻さんはこうおっしゃっている・・・
「観客に媚びればスグに濁り、尊大になればすぐに冷たくなり、気を抜けば生ぬるくアクビをもよおさせ、緊張すれば硬くなる空気。一方で気を入れれば引き締まり、愛情を与えればしなやかになり、力強さを持てば燦然と輝き、呼吸をすれば波打って動き、演奏をどこまでも連れて行ってくれるのもまた空気」


空気とは不思議なものだ。
よく「空気を読め」というが、「読む」だけでなく、実にさまざまなことができるらしい。
もちろん科学的に変化しているわけではないはずなのだが・・・・・。