以前一度モーツァルトをみていただいた若いピアニストさんに、またレッスンをお願いし、昨日行ってきた。
エチュードは、曲としての流れの作り方やフレーズの間の取り方などを教えていただいた。
一方で、細かくひとつひとつの音型についての手のポジショニング、脱力の微妙なタイミング、そして練習のバリエーションなどを、実際に弾きながらご指導いただけて、とても有り難かった。
これまで一人でああでもないこうでもないと回り道をした気がするが、かなり弾きこんでいったからこそ、教えていただけることに反応できるという面もあり、必ずしも早く行けばよいというものでもないかもしれない。
バッハは、ご自分では弾かれたことのない曲だったのではないかと思うのだが、原典版を読むときのよりどころをいくつか示してくださった(これは漢文の白文に返り点やカナをふるようなものだ)。
自分が今まで、いかに「ただ音を並べていたか」を思い知らされた次第。
もちろん非常に丁寧で柔らかい方なので、「こういう方法もあります」という表現ではあったのだが・・・。
私にしても、ただボーっと譜をみてきたつもりではないのだけれど、彼女が合わせて歌ったり、弾いたりしてくださるのをきいて、自分がどれだけなにも感じずにただ弾いてきたかがよくわかった。
猫になんとか、豚になんとかというが、まさにおいしいもの楽しいものの前を素通りしていた気分だ。
・・私、バッハセンサーいまひとつです・・
また帰ってからなのだが、この期におよんで、エチュードの音違いを発見!
何ヵ月弾いていても、音違いはいつもなぜか直前に見つかる(泣)
なぜだ・・
エチュードは、曲としての流れの作り方やフレーズの間の取り方などを教えていただいた。
一方で、細かくひとつひとつの音型についての手のポジショニング、脱力の微妙なタイミング、そして練習のバリエーションなどを、実際に弾きながらご指導いただけて、とても有り難かった。
これまで一人でああでもないこうでもないと回り道をした気がするが、かなり弾きこんでいったからこそ、教えていただけることに反応できるという面もあり、必ずしも早く行けばよいというものでもないかもしれない。
バッハは、ご自分では弾かれたことのない曲だったのではないかと思うのだが、原典版を読むときのよりどころをいくつか示してくださった(これは漢文の白文に返り点やカナをふるようなものだ)。
自分が今まで、いかに「ただ音を並べていたか」を思い知らされた次第。
もちろん非常に丁寧で柔らかい方なので、「こういう方法もあります」という表現ではあったのだが・・・。
私にしても、ただボーっと譜をみてきたつもりではないのだけれど、彼女が合わせて歌ったり、弾いたりしてくださるのをきいて、自分がどれだけなにも感じずにただ弾いてきたかがよくわかった。
猫になんとか、豚になんとかというが、まさにおいしいもの楽しいものの前を素通りしていた気分だ。
・・私、バッハセンサーいまひとつです・・
また帰ってからなのだが、この期におよんで、エチュードの音違いを発見!
何ヵ月弾いていても、音違いはいつもなぜか直前に見つかる(泣)
なぜだ・・
