9月も残すところあとわずかとなりました。

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さて9月もあとわずかというのに、今日も相当暑かった。子どもにはそれぞれ600mlと800mlの水筒を持たせているが、完全に飲み干して帰ってくる。娘は10月8日に運動会を控えているが、毎日かなり消耗して帰ってくるので、帰宅後に集中力を要すること(たとえばピアノの練習など)をさせるのは大変難しい。
私の方も今週は、塾の保護者会、マンションの総会、子どもの習い事、自分の用事などなどで日に2回以上出かけることもあったし、明日も某中学のオープンスクールに出かけなければならない。専業主婦でも用事がたてこんでくると、練習時間を確保するのが大変難しくなってくるのだから、ましてお仕事をお持ちの方はいったいどうしておられるのだろうか、と今週はしばしば考えた。

幸いというべきか、私のほうは、やらなければならない曲がだいたい「定着」の域にさしかかっていて、少々練習時間が落ちてもさほど問題はないのだが、娘についてはここ2日くらいはどうして頑張ってもらわないと、また<初期化>のおそれがある。
どんなことでもそうだと思うのだけれど、絶対に手をぬけない段階というのはあるもので、それはおそらく記憶が頭から身体へと移動するころのような気がする。「えっと・・・、次はこの音」と少し考える段階から、「考えなくても手が押さえていた」という段階へ移るころは、しつこくしつこく繰り返し練習してたたきこむ必要がある。この段階でこまぎれにしか練習時間がとれなかったり、集中度が低かったりすると、仕上がりが悪かったり、あまりにも時間がかかりすぎたりする。

たぶん学校の勉強にしても同じことなのだ。新しいものを教わるときは、公式なら公式を理解できるまではゆっくりじっくり勉強し、次に集中力をもって自分の頭と身体にたたきこんだら、あとは理解できたものをスムーズにスピーディに使いこなせるよう練習する。
学習段階における「序破急」のようなものを小さいうちに身に着けてしまうと、どんなジャンルでもある程度まではやれてしまう・・というのはそういうことなのだと思う。


「集中してたたきこむ」段階で、どれだけ「血となり肉となる(・・たんぱく質を含む食品の効能のようだが)」かが問題だが、この「たたきこむ」にしても、外からの力によってたたきこまれたものと、自分でたたきこんだものとでは、長い目で見ると成果が変わってくるのは、これまた明らかなことだ。
そばについているものは「自らは<たたきこまず>して、<たたきこみかた>を<たたきこむ>」というややこしい役割になってくるもので、そこもまた難しい。

外からほんとに<たたきこむ>と、たたきこまれたほうにキズがつかないとも限らないからだ・・・・・。